フカボリ
~こんな封筒で手紙をもらえたらいいね~「封筒になった絵」2022グッドデザインしずおか特別賞を受賞
2023年5月1日
最近、手紙を書いたのっていつだろう…? 思い出せる記憶はうんと昔、なんて方もいらっしゃるのではないでしょうか。私もその一人、広聴広報課の新米(?)記者です。メールやLINE、世の中とっても便利なツールがあふれていて、わざわざ手書きの手紙を送るなんてちょっと面倒…。と思っていましたが、ある封筒に目を奪われました。それが今回紹介する「封筒になった絵」です。伸び伸び描かれた絵の多彩な色づかい。そこから伝わってくる、描くのが楽しくてたまらないという気持ち。まさに”幸せを運ぶ封筒”と勝手に名付けたくなるような。これが誰かの元に届けられるのを想像すると……う~ん、やっぱり手紙も悪くないかも。
どんな人たちがどんな思いでこれを描き、制作したのか。ぜひそれを探りたくなり、制作者の皆さんに突撃取材することになりました。
今回お邪魔するのは静岡県東部で障がいのある方のサポート・ケアをしているNPO法人「エシカファーム」さんです。幼児期を対象とした「とくら園/IPPO うめな園(障がい幼児療育)」から、学齢期の「まつもと園/NIHO ARTE(障がい児放課後支援(放課後等デイサービス)」、成人期の「STUDIO ARTE(生活介護)」などで、障がいの程度や成長段階に応じたさまざまなケアを行っています。一貫してアートを中心とした”ものづくり”を基盤とした取り組みを行っているのが特徴です。
お話を伺ったのは、当法人代表の風間康寛さん。障がい者アートの魅力はもちろん、笑顔いっぱいの福祉現場の様子やアート制作を福祉の現場に取り入れたきっかけ、今後の展望などを語っていただきました。
▽目次
1 素晴らしいものを生み出す能力をかたちに。8h ハチエイチプロジェクト
2 2022グッドデザインしずおかへ応募-見事特別賞を受賞!
3 障がいのある人もない人も共に活躍できる社会に~交流も段階が大切
素晴らしいものを生み出す能力をかたちに。8h ハチエイチプロジェクト
--アート制作を福祉の現場に取り入れたきっかけを教えてください。
8年ほど前、今のように大人のメンバーはおらず、まだ障がいのある子どもたちだけの放課後支援の施設をやっていました。当時から自閉的傾向のあるお子さんが多く、活動の中で独特の絵を描く子どもが何人かいました。
例えば、家電製品に強いこだわりを持って、ひたすらパンフレットを写している子、動物が好きでディフォルメされた動物の絵を延々と描く子などです。それらがとてもユニークだったので、試しにその絵を使った「バッグ/「Tシャツ/マスキングテープ」などのグッズを作ったのが、「ハチエイチ」という障がいアートブランドを立ち上げるきっかけでした。
--それが今の活動につながっているんですね。
はい、でもある程度広がったところで、実はしばらく活動をやめていた時期があるんです。「これって本当にしたいことなのか?」と疑問に思ったからでした。ただ単純に絵を二次使用するだけでは、自分たちがやる意味があるのかと考えてしまったのです。実際にほとんどのプロダクトは業者さんに発注するだけで、あまりに安易に出来過ぎて「評価されるのが申し訳ない」と思ったのが素直なところですね。
--なるほど。「安易すぎる」って面白いですね。
はい、簡単にいうと「生み出している」という実感が薄いようなイメージです。
もう一つの大きな理由は、描ける人が限られるということでした。私たち福祉の人間は、才能のある人だけが評価されればいいという考え方はあまりしません。できれば、どんな方にも同じようにスポットを当てたいと思っていました。
しかし、プロダクトとしてはどうしてもキャッチーな絵を描ける方ばかりが採用されることになり、子どもたちの中で序列ができてしまうという本末転倒な結果になってきていました。
--それで、いったん製品づくりを止めていたのですね。
その中で、今回の封筒をつくった理由ってあるのですか??
それから時間が経ち、法人として障がいのある成人さんの施設も始めたのがきっかけです。
成人さんのほとんどが自閉症の方なので、日々のルーチンとして一日に何枚も絵を描きます。
しかし、障がい的に重たい方たちなので、いわゆるファインアートと言われるようなきれいな絵でも大作でもありません。絵の具を使った漠然とした水彩画がメインでした。それが、日々描くので使い道がないままに、どんどん溜まっていったので、「これをどうにか生かせないかなぁ」とずっと悶々としていました。
--転機はあったのでしょうか??
転機は2年近く前でしょうか、熱海を拠点とする服飾ブランド「EATABLE(エタブル)」さんの新居さんという服飾デザイナーさんと一緒に、描いた絵を生かせないかという話が持ち上がったことでした。
自分や、法人内の芸大卒のデザイナーも一緒になって、半年くらい「絵そのものを使ったプロダクト」をつくるための実験を繰り返して、結果的に「封筒を作ろう」ということになりました。
具体的には、絵を描いた画用紙そのものに身体に害のないエゴマ油を塗って、2週間くらい乾かすと、とても元が画用紙とは思えない強度が出ることが分かりました。最終的には、その画用紙をカットして封筒の形にして、中に何枚かの宛先の用紙を入れる今の形になったのです。
--これが「あの」封筒ですね。わぁ実物だ。本当に油が塗ってあるんですか?
はい、描いて、カットして、エゴマ油を塗って、干して。これが出来上がりです。エゴマ油の匂いがするでしょう?
--商品としてしっかり完成ですね。色合いが豊かで、自分じゃ考えつかない配色です。
そうですね、彼らは私たちのように「これはこの色だ」というような固定概念はないのです。
基本的には好きな色を、その時の気持ちで画用紙に表しているだけなんです。私はそれで良いと思っています。
さっきもお話ししましたが、すごいキャッチーだとか、素晴らしく緻密なデザイン性の高いものを描ければいいのですが、障がいのある方でそれができるのはごく一部の方です。
素晴らしい絵じゃないから評価しないではなく、その人から生まれたものは認めて、生かしたいというのが私の考えだったので、画用紙にさえ描いてくれれば製品化できるこの封筒は「良い出口をつくれたな」と思っています。
2022グッドデザインしずおかへ応募-見事特別賞を受賞!
--ここでグッドデザイン賞についてお聞きします。見事に特別賞受賞となったわけですが、これまで活動をやってきて、2022年度に応募しようと思ったのはなぜですか?
一番は、こんな活動をしているということを知って欲しかったからです。私たち福祉の人間は営業下手ですから(笑)、残念ながらまだ地域では浸透しているとはいえなくて。まだまだですね。
--受賞されたことで、スタッフの方や利用者さんから何か反応はありましたか?
もちろん商品化したデザイナーの方は喜んでいました。あと、保護者の方は喜んでくれましたね。ただ、実際に絵を描いた本人たちはいまいち分かっていないと思います。元々物を作ることが目的ではないし、売ることが目的でもないし、ましてや利益を追求するわけでもない。せっかくやったんだから何か形にしようよという。
--せっかくなので、封筒についてもう少し詳しく知りたいです。
時代と逆行しているけれど、生の絵を使っている以上作品は1点物です。なので、この封筒には捨てるという概念がありません。何回も同じ人とやりとりをしてほしいという思いから、宛名書きは封筒の中に何枚も入っていて、これを封筒に巻いて使うようになっています。
アナクロと呼ばれそうですが、私はこの時代だから逆に何かワクワクしますね。同じコンセプトで、最近は名刺入れも作っています。
--封筒を捨てないという発想は驚きです。名刺入れなんかも実用的で、欲しくなっちゃいました。
グッドデザイン賞を受賞をしたことをきっかけに、こうして県の方から取材を受けられました。これを機会に多くの方に活動を知ってもらうことで流通が広がり、安定した収入を得られるようになれば。利用者の方の自信にもつながると思っています。
障がいのある人もない人も共に活躍できる社会に~交流も段階が大切
--今行っている活動が収入につながれば、将来において利用者の方の自立にもつながりますね。仕事はやはりルーチン化できるものでないと難しいのでしょうか。福祉の分野と他分野との連携も最近は活発となっていますが。
そうですね、そのあたりは障がいの特性にもよると思います。自閉傾向が強い方は農作業なんかもルーチンにできるものでないと難しいです。
福祉事業所といっても、軽度な障がいの人から重い人からいろいろな程度の人がいます。精神障がいの人から、肢体不自由な人、そういう人たち向けにいろんな仕事があっていいと考えています。
私たち健常の人間も自分で仕事を選ぶように、障がいのある方たちも自分で仕事を「選択」できるようなれば理想だなと思っています。
--先ほど絵を描いているところを見せていただきましたが、どの利用者さんもとても楽しそうで生き生きとしています。彼らの家族も、非常に安心しておられるのではないですか?
印象的な数式を描くあの健太さん、彼も他の施設から移ってきたのですが、絵を描くのが本当に好きでここへ来てから非常に安定しています。お母さんとはよく話しますが、障がい自体を前向きに受け入れてくれています。
--地域の方と連携した活動はしていますか?
年に1回は彼らの描いた原画を飾る展示会をやっています。あとはミサワホームさんが三島駅の再開発を手掛けているのですが、そこで作る壁囲いに彼らと子どもたちが絵を描いて、それを東京のデザイン事務所さんがリデザインして、おしゃれな壁囲いにしようと取り組んでいます。
ほかには、月1回土曜日に「らふぁーと」というアート教室も開いています(現在、施設が改装に入っているために休止中)。この教室は保護者の方にお子さんが描いているところを見てもらって、褒めてもらうことが目的なんです。
--障がいのないお子さんと共同で何かやろうというお考えはありますか?
難しいですね。本当はやりたいし、やるべきなんだと思いますが、現状難しい。
私なんかは自閉症の専門の人間なので、一緒に何かやると一見楽しそうに見えるけど本人にとってはどうなんだろうとまず考えてしまいます。IQが高い子なんかは自分との違いを感じてしまうし、逆に重たい子なんかは活動が理解できずに子ども扱いされる可能性もあります。ましてやそれを保護者の方が見るとなると、慎重に考えないといけないですよね。
今は教育もノーマライゼーションといって、統合教育の方向に進んでいますが、一番大事なのは本人にとってどうかです。本人が希望するならそれをかなえるべきですが、周りが健常の人間から見ただけのイメージで「一緒にいた方が幸せだよ」っていうのは疑問が残りますね。学校教育は標準化や平準化を求めます。しかし障がいのある子はその内容も程度も一人一人違うので、私たちは個別化を求めます。交流するにもそれぞれに配慮した段階を経るのが大切ですね。
--段階を経ていかないとうまくいかないということですね。現場の方でないと語れない率直で貴重なご意見をお聞きすることができました。でも、こうした商品づくりも交流の一つですよね。直接でなくても物を介した交流ができている。こういう方々がいるというのをまず知ってもらうという。
いいことを言っていただきましたね(笑)。こんな素敵な絵が描けるなら、きっと素晴らしい人かもしれないって思ってもらえたらいいですよね。
広がるアートの可能性~活動のその先に見えるもの
--今後、目指して行きたいものはありますか?
先ほど言った「仕事にできたらいいな」というのは出口の方なんです。入口はまだいろいろ考えていて、封筒制作以外にも名刺入れや一筆箋など、生の原画を使ったプロダクトシリーズを広げていけたら。最終的にはお仕事になって、彼らが好きなことで生活できればいいなと思っています。
--これは仕事化するための第一歩ということですね。販売も徐々に広がっていけばいいですね。とはいえ、あまり広がると利益を得るのが目的かなんて言われてしまうのでしょうか。
利益が出れば還元します。何もやらないと広がらないし、知ってもらえないので。こういった公的なところで広めていただいて、自然に販売数が増えていけばいいと思います。
でも、あまり発注が増えても今度は対応できなくて困るかもしれないですよね。「彼らの気分が乗るまで発注待ってもらえますか?」とかね(笑)
--私たちが代わりに描こうと思っても描けないですからね。この色づかいは思いつかないです。
そう言われて思いつきましたが、そういう地域とのつながりもいいですね。地域の人たちと一緒に絵を描くとか。彼らは普段から絵を描いているので、強いです。彼らが上に立つシーンをつくっても面白いですね。先生として教えるとか、いいじゃないですか。
--障がいのある人が描いた絵だからというのではなく、ただ商品が素敵だからということで手に取ってもらえるといいですね。
いろいろ言ってきましたが、大義名分なんていらないんです。彼らがただ安心して生活できて、楽しければいいんです。それが幹の部分で、他は枝葉です。農業もアートもお菓子づくりもね。別の枝が今後出るかもしれません。ぜひ、今後を楽しみにしてください。
--楽しく活動できていることが大事だということですね。確かに絵を描いている彼らの目はとても輝いていました。今日はどうもありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。
いかがでしたか?風間代表の熱い思いと、アーティストの皆さんの生き生きと絵を描く様子が伝われば幸いです。代表の「ただ楽しく絵を描ければいいんです」という言葉が印象的で、このプロジェクトの一番の意義を表わしていると思いました。彼らがこれからどんなアート作品を生み出していくか、今後が楽しみです。
エシカファーム・ドリームケアふぃる〈http://www.ethicafarm.com/〉