フカボリ
社会とのつながりが自信に~遠隔操作ロボットで広がる就労への道~(後編)
2024年3月21日
3月中旬、喫茶ぴあ~(県庁東館2階)の前を通ると、なんとなく物静かな感じがしました。昨年12月から試験的に導入していた遠隔操作ロボット「OriHime」がいない!OriHimeがいる風景が当たり前になりつつありましたが、3月8日に稼働期間を終え、一区切りに。そんなとき、一本の電話が入りました。
「OriHimeのパイロット(操作者)が、新たな一歩を踏みだしました!」
県地域福祉課の大石さんからの連絡を受け、すかさずお話を伺うことにしました。パイロットやOriHimeプロジェクトに携わった方々の思いをお届します。
目次
1 遠隔操作でつかんだ自信・確かな手応え
今回、OriHimeには7人のパイロットが参加しました。担った業務は、喫茶ぴあ~のお薦め商品の紹介。初対面の人と会話をすることが苦手な人、過去の就労時のマイナスイメージを克服しようとしている人、継続的な就労に不安を持っている人など、皆さんそれぞれ事情があった中、2カ月強にわたる業務経験は、大きな力になったそうです。
パイロットAさん
「操作を始める前は不安でした。可愛らしい見た目のロボットから男性の声で話しかけてもいいのかな、とか、お客さんや通行者がどのように受け取るのか不安でした。画面越しとはいえ、歩いている人に声をかけるのは勇気がいりました。それでも何度か操作していく中で、自分から声をかけたり、お客さんともお話したり、自信を深めることができました。喫茶ぴあ~の従業員さんもとても親切で一人の仲間として対応してくれたのがとてもうれしかったです。
今回、初めて接客に携わりました。これからの就業先として、接客にも挑戦してみたいな、と思っています。」
パイロットBさん
「OriHimeのパイロット業務は、通常の就労とは違うし、画面越しとはいえ、接客をしなければならないので不安いっぱいでした。でも最初の1~2回やったときに、『これはいける!』と思えました。それからは不安なく楽しくできました。立ち止まってくれた人に、その日のお薦め商品を伝えたところ実際に買ってくれて、次に来たときに『おいしかったよ。』と言ってくれたのが一番の思い出です。操作を始めた頃はロボットを介してでも、人前で話すことやコミュニケーションを取ることが苦手でした。でも今は、面と向かって話すことができます。OriHimeのおかげです。就業先も見つかり、3月中旬からは新たなステップを踏み出します。」
パイロットCさん
「お話をしながら操作することは難しかったのですが、いろんな人と接することができました。自分がお薦めした商品を食べてくれて、『おいしい』と言ってくれる人が多くて、とてもうれしかったです。対人関係の不安があり自宅から職場へ向かうことへのハードルが高いのですが、OriHimeは場所を選ばず家でも働くことができてありがたかったです。もっとOriHimeを操作する環境が増え、パイロットも増えるといいなと思います。」
パイロットDさん
「普段、関わることのない県庁の方やそこに訪れる方とお話できて楽しかったです。これからもこういったことがあれば参加したいなという前向きな気持ちが大きく芽生えました。正直、操作を始める前は、少し不安でした。操作が上手くできるのか、人に話しかけることができるのか…。でも、経験を重ねるうちに、操作にも慣れ、話しかけてくれる方も出てきて、徐々にステップを乗り越えられたかなと思います。店内に入る時や帰る時に、手を振ってくれる方が段々と増えていきました。こちらから話しかけなくても、手を振り、OriHimeとコミュニケーションを少しでも取ろうとしてくれる方が増えていくことに喜びを感じました。
対面で話すことは苦手なんですが、画面越しであれば話すことへの障壁が減る、ということを感じました。今後、仕事を探していく上で、この経験はネットを通してであれば仕事を他の方と同じようにこなせる可能性があるのではないかと少し自信を持たせてくれるものになりました。」
OriHimeの様子を店内から見ていた喫茶ぴあ~の海野さん。海野さんの目から見ても、パイロットの成長を感じたそうです。
海野さん
「稼働し始めた頃は、パイロットの方もどう声をかけてよいか手探りの様子でした。話し方も片言でしたが、徐々に慣れていき、終盤は自分から声をかける方が多かったです。声も明るい感じになりました。自分の言葉で商品の魅力を伝えていたのが印象に残っています。皆さん、楽しそうでした。」
ー店内の様子はどうでした?ー
海野さん
「OriHimeが稼働していると、店内もにぎやかになりました。ロボットが動くので子どもたちが立ち止まります。また、店内で飲食している人も、パイロットと通行者が会話している様子が気になるようで、帰りがけに話しかける場面もよく見られました。OriHimeがいることで、皆さん笑顔になりましたね。」
ー就労の手段としてOriHimeをどう思います?ー
海野さん
「コミュニケーション方法の一つとしてあった方がいいと思います。就労に慣れるための一歩として、遠隔操作ロボットは適していると思います。」
2 遠隔操作ロボットが社会に担う可能性
OriHimeの稼働は、喫茶ぴあ~及びパイロットの双方向に良い影響を与えました。今回、パイロットのローテーションを始めとする調整を担ったオリィ研究所(OriHimeの製造元)の高垣内さんも、確かな手応えを感じています。
高垣内さん
「今回、実際に就労まで結びつきました。思っていた以上に良い結果です。働きづらさを抱える人への就労支援には、受け入れ側、パイロット、パイロットの支援者(就労支援機関)の三者の誰もが無理をせず、苦痛に感じず、やってよかった、と思えることが最も大切です。どなたに聞いても好感触であったことはうれしい限りです。」
ー高垣内さんから見て、パイロットの変化をどう捉えていますか?ー
高垣内さん
「就労困窮者の支援という観点では、全国初の取り組みでした。就労までつながったことを踏まえると、OriHimeは、そのきっかけの一つになり得ることが分かりました。2カ月強という時間は、あっという間に過ぎ去りますが、パイロットにとっては貴重な時間であり、週に1~2回の操作であっても毎回異なる方とのお話は新鮮で得るものが大きく、着実に成長につながっていると実感できました。」
ー今回の取り組みによってOriHimeの可能性をどのように感じていますか?ー
高垣内さん
「人手不足の解消に向けた手助けができればと思っています。例えば、観光施設や観光農園での案内役などをOriHimeが担うことで、常駐しなくても対応ができたり、複数箇所を一人で担うこともできたりすると思います。OriHimeによる就労体験がスキルアップへつながる、という視点では、診療所など医療関係の受け付けもあり得ると思います。受け付け業務を担うことで医療事務の資格を取ることや、看護関係の職への関心を持つきっかけになると思います。
人手不足を解消するためには、県外から人を呼び込むことや自動ロボットを活用するといった方策がありますが、県内にいる働きたくても働けない人たちを就労につなげていくことが重要だと思います。就労したい人を救いたい。その手段としてOriHimeを活用できればと思っています。」
ーOriHimeを導入する上でのハードルはあるのでしょうか?ー
高垣内さん
「OriHime自体の導入(購入)といった初期投資は必要ですが、パイロットのフォローといったマネジメントをしっかりすれば、時間も労力もかかりませんのでハードルは高くないと思っています。受け入れ側もパイロット側も無理なく続けていけるよう、サポートできますので。」
3 就労困窮者の経済的自立に向けて
今回の喫茶ぴあ~におけるOriHimeの試験導入は、就労したいけれども対面に自信がなく苦手な人に、新たな就労機会のきっかけをつかんでもらうことを目的に実施されました。就労支援という視点では全国初の取り組みで、県地域福祉課の大石さんも手探りだったそうです。
大石さん
「これまで就労希望者と受け入れ企業者とのマッチングという形で就労支援をしていましたが、今回のように就労体験まで踏み込んだ取り組みは初めてでした。誰にパイロットをお願いするのか、どこにOriHimeを設置するのか、まったくつてがない状況の中、オリィ研究所や県内支援機関の方々の協力により、実現することができました。2カ月強という短い期間ではありましたが、パイロットの方に継続的に操作いただけたので、社会に出るための自信が高まり、就業へ前向きな気持ちが芽生えたことは喜ばしい限りです。」
ー就労支援の輪を広げていくにはどのような課題があるのでしょうか?ー
大石さん
「本県には、就労支援の輪は既にあると思っています。一つ一つの事例を見ると、働きづらさを抱える人の特性にあった業務のマッチング、通勤時間や方法、給与面のかい離といった課題はありますが、県内の支援機関間で情報共有し、支援を受けたい人が確実に受けられるようにしていきたいです。
支援、というのは、就労することだけではなく、就労後も重要です。一歩踏み出してみたけれども、支援がなく孤立し、再び、社会とのつながりを閉ざしてしまう方もいます。就労先で伴走者がいて、その伴走者が話を聞いてくれるだけでも仕事を続ける支えとなります。」
高垣内さん
「身体的な側面であったり、精神的な側面であったり、その方の状況に応じた就労の居場所があることが大事です。社会の中に受け皿として多くの場所があることが支えとなります。一歩踏み出したからといって、必ずしも前進し続ける必要はありません。時には後ずさりしてもいいと思います。そうした場面で、就労希望者と受け入れ企業側がお互いに理解していくために、さまざまな就労の形があっていいと思います。その中の一つの方法としてOriHimeが担えればと思っています。」
大石さん
「遠隔操作による就労体験は、働きづらさを抱える方々にとって、社会とつながり、就労へのステップを踏む新たな機会として、可能性を見いだせました。就労の継続には、周囲の理解が不可欠です。OriHimeの有無に関わらず、就労体験の受け入れをしてくださる企業からのご連絡をお待ちしています。」
<取材を終えて>
喫茶ぴあ~の前を通りかかると、OriHimeが「こんにちは」と元気よく声をかけてくれたことがうれしく、少々懐かしく、今は寂しくもあります。『午後もお仕事、がんばってください!』と逆に励まされたことも。OriHimeの導入から取材をしてきましたが、パイロットの皆さんが自信を深めていることが伝わってきました。就労している身としても、働きづらさを抱える人を快く迎え入れ、お互いに理解し支え合える、そんな環境を目指したいと思っています。
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