県政TOPICS 総合情報誌ふじのくに
【知事対談】世界お茶まつり4月に開幕 抜群ブランド 世界を目指せ
2025(令和7)年3月
静岡県は「光輝燦然(こうきさんぜん)!#私のO-CHA和ールド」をテーマに
「世界お茶まつり2025」を春の祭典(4月19日~5月21日)と
秋の祭典(10月23日~26日)の2部構成で開催する。
実行委員会の会長を務める徳川宗家19代当主の徳川家広氏と
鈴木康友知事が、徳川家と県の歴史遺産を背景としたまちづくりや、
お茶の魅力をどう世界に発信していくのか語り合った。
【聞き手は毎日新聞客員編集委員・七井辰男、写真・山田茂雄】
本文および写真は2025年2月23日付毎日新聞より転載
対談日:2025年1月15日 場所:静岡県東京事務所

徳川氏「お茶業界『消費者目線』で。ワインのように高付加価値目指せば」
—まずは、鈴木知事と徳川宗家の家広さんとのご縁からうかがえますか。

知事:今から十数年前、私が浜松市長だった時代にさかのぼります。徳川家康公ゆかりの浜松城が「出世城」と呼ばれていたのにちなんで「出世の街・浜松」の企画に取り組んでいたのですが、その際、共通の友人である伝記作家の北康利さんを通じて「殿」(徳川氏)と知り合い意気投合しました。
殿からは、さらに歴史学者の磯田道史先生をご紹介いただきました。磯田さんはまだ無名で、茨城大学から浜松の静岡文化芸術大学に移られたばかり。浜松城のすぐ後ろの松韻亭という茶室で殿が催したお茶会で初めてお目にかかり、先生もこの企画に共感し、アドバイザーになってもらいました。その後は磯田さんのアドバイスでNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」の制作にもつながりました。
—徳川家と静岡の関係は当然ですが、家広さんご自身と静岡とのご縁は。

徳川氏:普通の民間人になったのは父(恒孝氏)の代からです。父は日本郵船という会社で、サラリーマンをして最後は副社長になった。その後、徳川家の文化財がわずかに残ったとはいえ2万数千点はあるんですが、散逸しないように公益財団法人「徳川記念財団」を作りました。私は宗家を継ぐ少し前に理事長になり、ここ数年、徳川家をテーマにした大河ドラマが続いているので、講演したり、もともと物書きなので本を書いたりしながら財団の維持運営を基本にやっております。4月から久能山東照宮博物館(静岡市駿河区)で、財団の収蔵品を展示します。
実は、浜松という地名は、家康公が名付け親と言われています。最初は「曳馬城」という名前だったのですが、馬を曳くのは敗北につながる。何かめでたいものがないかということで、着物の柄に、砂浜の上に松の葉っぱみたいなデザインがあるんですが、家康公がこれを見て「浜松」にしようということになった。そして静岡も元々駿河の国ですので、今の静岡市を「駿河府中」と言っていた。しかし、「不忠」というような意図を込めているのではと新政府に難癖をつけられたら嫌だから名前を変えようと。
賤機山(読み方:しずはたやま)というのが近くにあったんですが、その賤の字が今度は「賤しい」(読み方:いやしい)といわれる。同じ「しず」でも静かな方にしよう、賤機山も実質は「岡」なので、では「静岡」と。うちの16代が家達(読み方:いえさと)といい、初代静岡知藩事となって名付け親になったと聞いています。

知事:江戸を開くときには、全く未開の地だったので、浜松から職人とか商人とかをたくさん連れて行った。日本橋に行きますと、浜松創業百何十年という老舗の企業がまだ何社もあります。

徳川氏:東京の浜松町もその名残です。静岡との関わりで重要なのは、お茶の栽培です。慶喜(15代将軍)は江戸城から追い出されて駿府に移ったのですが、旗本御家人は実質失業状態だった。そのかなりの数が、島田に行って、牧之原を開墾してお茶の栽培を始めた。当時の日本の主たる輸出品だったからです。絹、お茶、あとは瀬戸物の絵付けですね。
—県は「世界お茶まつり2025」を春と秋に開催します。


知事:静岡茶は、たくみの技の高品質な茶生産で日本一の産地を築いてきました。しかし近年のライフスタイルの変化により、急須で飲むリーフ茶の需要は低迷しており、需要に応じた持続的な茶生産への転換が求められています。一方、ペットボトル飲料やティーバッグなど手軽に飲めるお茶は増加しており、抹茶ドリンクやお茶を使ったお菓子を目にする機会も増えています。さらに海外では、健康志向の高まりなどにより緑茶の需要は拡大しており、日本からの輸出も毎年増加し、過去最高を記録しています。
県では、より一層お茶に親しむ文化を育て、お茶の需要をさらに拡大していくため、「世界お茶まつり2025」を開催し、日本茶の魅力を発信します。春はお茶のいれ方などを体験する機会や、お茶を使ったお菓子や料理などを提供していきます。秋は静岡市のコンベンションアーツセンター「グランシップ」の全館を挙げてお茶の魅力を伝えていきます。また、海外で活躍する若手の茶業者をお招きして将来展望を議論したいと思っています。
—徳川さんは、お茶まつり実行委員会の会長を務めるのですね。

徳川氏:実はコーヒー党でもあるんですが、加齢とともにコーヒーもだんだんつらくなってきました。お煎茶も上手にいれると大変おいしいのですが、上手にいれるのが難しいと感じています。それと静岡はお茶の先進地域なので、割と作り方が昔のままかなと。無農薬も少なく、その転換が課題だと思っている人が多い。ただお茶とコーヒーの世界的な需要でいくと、お茶が戻しているという明るいニュースもある。お茶農家の皆さんにどうやって元気を取り戻していただくのかということを微力ながら私も常に考えておりますし、皆さんが非常に熱心でいらっしゃるということに感銘を受けています。

知事:歴史的な経緯もあり、地域振興と農業振興の両方の意味でやらなきゃいけない。ただ、人口減に伴って、お茶の消費、とくに急須で飲むお茶が減っている。また、海外に出す場合は、有機茶じゃないと駄目で、有機栽培のお茶に転換をしていかなきゃいけない。あるいは抹茶ブームに向けた設備も作らないといけない。零細な農家さんでは大変だという課題もありますが、それを克服して海外マーケットを取るということが大切です。

徳川氏:抹茶がすごく人気がありますが、ケーキの材料とか調味料的に使われているところがあります。だからエンドユーザーは何を求めているのかということを、もっときちんと調べなきゃいけない。そして英語発信も中国語発信もやっていく。
あとはお茶業界全体としてもっと考えるべきなのは発酵なんですよ。中国の福建省もお茶どころなんですが、向こうは年号の入ったつぼがずっと並んでいるみたいな感じで、ウイスキーだと思ったらちゃんとお茶が発酵した年をつけている。そうするともう少量で100万円とかいくんではないかと思いますが、ワインのように高付加価値を目指すべきです。
—徳川の伝統をはじめ、静岡は日本を代表するブランドの宝庫。どう生かしますか。

徳川氏:静岡は水がいい。新鮮な食材も豊富ですよね。世界的にやっぱりエイジングというのが非常に価値を生み出す。新鮮な食材とともに発酵食大国でもあるので、そういったことをお茶に限らず、あらゆる食材につなげていくといいかなと思っています。

知事:農業はちょっと工夫するとたくさん稼げる。これからAI(人工知能)が進化すると、農家がやることはほとんど「経営」なんです。静岡はベテランの経験値が豊富ですから、AIに覚え込ませると、だれでも良質の作物が作れる。そして何より富士山のブランド力は圧倒的です。これを生かしていけば、大いに訴求力が出てくるのではと思っています。

対談者プロフィール

静岡県知事
鈴木 康友(すずき やすとも)
1957年浜松市生まれ。慶応大学法学部卒業後、松下政経塾に第1期生として入塾。卒塾後は企画会社経営、政治団体役員などを経て、2000年の衆院選で静岡8区から初当選。2期務めた後、07年浜松市長選で初当選、4期務める。24年5月の静岡県知事選で初当選。

徳川宗家19代当主
徳川 家広(とくがわ いえひろ)氏
1965年東京都生まれ。慶応大学経済学部卒業後、米ミシガン大学大学院で経済学修士号取得。国連食糧農業機関に勤務後、コロンビア大学大学院で政治学修士に。2021年から公益財団法人徳川記念財団理事長。23年1月から徳川宗家19代当主。翻訳家、政治経済評論家としても活動。