知事対談(56号以前) 総合情報誌ふじのくに

スポーツ医療の知見を活用し、新産業を創出するふじのくにの挑戦

「東アジア文化都市2023静岡県」が開幕し、日本の文化首都として文化芸術、スポーツ、食、多文化共生などを世界に発信する静岡県。
東アジア文化都市2023静岡県実行委員会の最高顧問であり、ふじのくに特別観光大使である橋本聖子参議院議員と川勝平太静岡県知事が、さまざまな産業を包摂し新しい産業を創出するスポーツ文化の可能性について熱く語り合った。

ふじのくにから、スポーツ文化を世界へ

川勝知事

知事:ふじのくに特別観光大使にすでに御就任いただいておりますが、このたび、東アジア文化都市2023静岡県実行委員会の最高顧問を御快諾くださり、誠にありがとうございます。東アジア文化都市として選定された今年の静岡県は日本の「文化の顔」、いわば「文化首都」です。

橋本氏

橋本氏:東アジア文化都市宣言を行った「富士山の日」フェスタでは、講演の機会を頂き、ありがとうございました。

川勝知事

知事:素晴らしい講演でした。オリンピックとの運命的な縁、苦難続きのアスリート人生、スポーツ医科学に開眼されたことの他、スポーツが人間形成、医療、健康、観光、食文化、地域産業などと広く関わるという、実に内容の濃い講演でした。 オリンピック憲章はスポーツと文化の融合をうたっているので、本県は東京2020オリンピック開催に合わせ、文化プログラムを県内各地で展開しました。スポーツ立県を目指す本県は、オリンピックの自転車競技の開催地になったことから、自転車競技の振興やサイクルツーリズム、走行空間の整備など「サイクルスポーツの聖地づくり」に力を入れています。

1964年の東京オリンピック開会5日前に誕生され、東京オリンピックの開会式のために上京されたお父様が聖火台の点灯シーンに感激されて、お名前を決められたそうですね。

橋本氏

橋本氏:はい。唯一の被爆国である日本において、平和の象徴として聖火リレーの最終ランナーに選ばれたのは、広島に原爆が投下されたその日に生まれた広島県三次(みよし)市出身の坂井義則さんでした。父はそのことに深く敬意を抱き、トーチを持って旧国立競技場の階段を上る坂井さんを目の前で見たそうです。聖火台に火がともり、燃え上がる炎の中に生まれたばかりの私の顔が浮かび、オリンピックの選手になるようにとの思いを込め、聖子と名付けたと聞きました。

川勝知事

知事:生まれたばかりの愛娘のかわいい顔が燃え上がる炎の中に浮かんだ! コノハナサクヤヒメは燃えさかる産屋(うぶや)で山幸彦と海幸彦をお産みになりました。炎の神コノハナサクヤヒメは富士山の御祭神です。富士山周辺でトレーニングをされ、オリンピックに実に7回も出場され、議員になられてからは、東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣、仕上げは東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長と、東京五輪の成功に多大な貢献をなさいました。御尊父もコノハナサクヤヒメも喜ばれていることでしょう。

病から学んだストレスコントロール

川勝知事

知事:天性のアスリートだと思っていましたが、小学3年生の時に急性腎臓病で長期入院、中学でスケートを再開し、高校では全日本選手権で日本一になってオリンピック候補に挙がる中で、高校3年生の秋に腎臓病が再発し、ストレスから呼吸筋不全症、医療事故でB型肝炎に感染するなど挫折と逆境の中のアスリート人生であった事を、先の講演で初めて知って驚きました。パラリンピックに理解が深いわけですね。。

橋本氏

橋本氏:腎臓病を自分の中で受け入れることができず、強いストレスから呼吸筋不全症になってしまったことが悔やまれますが、後々それを克服することで、オリンピックではほとんど緊張することはありませんでした(笑)

川勝知事

知事:どのようにして、そのような境地に達せられたのですか?

橋本氏

橋本氏:ストレスをためないことです。できるようになれば簡単ですが、最初は難しかったですね。あとは、ストレスとは何か、怒りとは何かを理解することです。治療のため精神科病院に入院し、今でいうカウンセラー、メンタルトレーナーと出会いました。この先生は、スポーツにメンタルトレーニングを取り入れる手法をアメリカなどで勉強されていて、ストレスや怒りの原因を元から絶つトレーニングを教えていただきました。

川勝知事

知事:宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の一節に「欲はなく決して怒らず いつも静かに笑っている」とありますが、これは賢治が仏像のお顔の表情を詩で表現したものだと思います。凡人は怒りから自由になることはできません。いつも笑顔で明るいのは、心身のトレーニングというか、厳しい修行の成果なのですね。

橋本氏

橋本氏:入院生活が長かったこともあり、どんなに苦しいトレーニングであっても、トレーニングができることは本当に幸せなことだと思っていました。そのため、トレーニングの時間、食事の時間をとても大事にしていました。

海外に目を向けると、当時から立派なナショナルトレーニングセンターやスポーツ医科学研究所が世界各国にありました。病気だったこともあり、遠征先で各国の医療のお世話にならないといけないので、数多くのスポーツ医科学研究所を見て回ることができました。

驚いたのは、それらの施設が、芸術や文化をはじめ、医療や福祉、食文化、観光、地場産業といったものをリサーチし、それらの産業を結び付けるスポーツの役割を徹底的に研究していたことです。海外で先行していたこれらの取り組みを日本も進めなければ、全ての分野において遅れてしまうのではないかという危機感をアスリート時代に体感できたことは、政治家になった今、貴重な財産になっています。

次代に残すべき、オリ・パラのレガシー

川勝知事

知事:東京2020オリンピック・パラリンピックは新型コロナウイルス感染症という人類の危機の中での開催となりました。最高責任者の組織委員会会長として、選手が病気にかかりストレスを抱えないようにするなど、選手村の運営には大変な苦労があったでしょう。

橋本氏

橋本氏:地域医療がひっ迫するかもしれないという大きな責任を負う大会でもありましたので、いわゆる統合医療、ウェルビーイングをコンセプトに掲げ、選手村に医療機関であるトータルコンディショニングセンターを設置しました。感染症対策はもちろん、ゲノム解析、集団免疫の専門家、あらゆる分野の医師、科学者、社会学者など、さまざまな専門家に協力いただき、医学的、科学的知見から対策を進めていきました。

また、分析した選手の医療データを、治療科、コンディショニングトレーナー、ストレングスコーチ※などと共有することで、その都度説明しなくても、選手はそこに行くだけですぐに治療を受けられるようにしました。これらの取り組みこそが東京オリンピックの最大のポイントであり、未来に残すべきレガシーだと考えています。

※ストレングスコーチ
選手のパフォーマンス向上とけがの予防を目的に、筋力を中心とした体づくりを指導するトレーナー



川勝知事

知事:スポーツ医療は日常の地域医療とは違いますね。

橋本氏

橋本氏:明確に一つだけと言われたら、薬を飲めるか、飲めないかになります。いわゆるドーピングコントロールです。アスリートはIOC(国際オリンピック委員会)が認定する薬以外は飲めません。そのため、普段から食事に気を使い、予防や病気にならない体づくりを徹底して行うのがスポーツ医療です。しかし、富士山頂を目指すのに登山道が幾つもあるように、風邪の治し方も人ぞれぞれです。それを見ずに、風邪だから風邪薬を出すというのはスポーツ医療ではあってはならないことです。

トータルコンディショニングセンターでは、人間が持つ本来の治癒能力を引き出す医療を行います。この医療モデルと社会モデルを融合させ、心身ともに健康であり続けるための医療を地域医療が行えば、健康寿命が延伸され、ウェルビーイングなまちづくりができ、地域の活性化につながります。さらに、今の日本の財政を圧迫している、40兆円を超えようとする医療費と社会保障費を大幅に削減できるはずです。一つ補足すると、治療薬を飲んでは駄目だという話ではなく、サプリメントや予防のための薬を開発するという発想の切り替えが重要だということです。

川勝知事

知事:医療・社会保障費の削減は国家が果たすべき課題です。薬を使わずに人間の持つ本来的な治癒能力を引き出せれば、人は健康になります。静岡県では2021年、病気を予防する社会健康医学※の重要性を知って、「静岡社会健康医学大学院大学」を日本で初めて開校しました。病気にかからないようにして健康寿命を延伸する医学です。スポーツ医学の考え方と通じるものがあります。トータルメディカルコンディショニングを実践するエリアとして、景観の美しい富士山麓は最適ではないでしょうか。

※社会健康医学
伝統的な公衆衛生学にゲノム医学や医療ビッグデータ解析などの新しい学術領域を加えることで、社会における人の健康を幅広い視点から考究、社会実装する学問。

橋本氏

橋本氏:そう思います。富士山から頂いている素晴らしい景観も、実は医療なんだと思います。さらに、富士山という大自然の恵みを当たり前ではなく、感謝の気持ちを忘れてはいけませんね。世界に誇る素晴らしい遺産に誇りと愛着を持ち、育んでいくことが、日本の発展につながると思っています。

スポーツが産業をつなぐことで、社会が変わる

橋本氏

橋本氏:スポーツを文化として捉えることが、地域の活性化や新しい産業の創出につながります。これからの時代、食産業だけで生き残っていくのは困難ですし、それは観光も、医療なども同じです。スポーツを媒介に、芸術や文化、医療といった地場産業を全て融合させ、日本にしかない産業を新たに創造することが大切です。スポーツには産業や文化を阻害することなく、それらを結び付け、コラボレートさせる大変素晴らしい力があります。それは、全ての産業が一つの輪になるようなイメージです。

静岡でおいしいものを食べて終わりではなく、富士山に登ってみたい、自転車に乗ってみたい、温泉に入りたいといった、次々とつながっていく産業をつくり上げていくことが、これからの時代に求められているのだと思います。

川勝知事

知事:アスリートが医科学を取り入れているように、一般人も食に栄養科学の知見を取り入れるのが望ましいですね。美しい景色がアスリートのコンディションや健康増進に役立つというのはとてもいいヒントです。アスリートにとって、食はいうまでもなく、きれいな景色も心身に良いとのことですから、景色と料理を組み合わせれば心身の健康を増進できます。静岡県は富士山や南アルプスなどから清らかな水の恩恵を受け、東西に長く、多様な風土のおかげで、全国トップクラスの439品目の農林水産物を生産する食材の王国です。富士山、浜名湖、伊豆半島、駿河湾をはじめ、美しい景色を堪能し、温泉・歴史・伝統・文化なども楽しみながら食を味わう「静岡ガストロノミーツーリズム」を推進しています。

橋本氏

橋本氏:私は北海道に生まれ、山梨で働き、富士山の麓で静岡の皆さんと共に生活しました。それで分かったのは、これほど素晴らしいポテンシャルを持ったエリアは他にないだろうということです。今後は、健康産業、食産業、観光産業、医療産業というものは一体にならなければいけないと思います。

川勝知事

知事:静岡県民の健康寿命は世界トップクラスです。県民がどうして健康なのかを検証しながら、どうすれば誰もがより健康になれるのかを、栄養科学や医科学的な視点から啓発できる人材を育成したいと思いますが、差し当たり実行できることとして、何かご提案がありますか。

橋本氏

橋本氏:例えば、スタジアムを単に競技場で終わらせるのではなく、地域の集いや食の勉強ができる場にすることで、健康になり、治癒能力が高まっていくといった要素があってもいいかと思います。また、スポーツはするだけでなく、見たり、応援したりしても、体に良い影響を与えることが研究で分かっています。

静岡県には、たくさんのスポーツチームがありますよね。

川勝知事

知事:サッカー、ラグビー、バスケットボール、サイクリング、バレーボールチームなどがあります。

橋本氏

橋本氏:地域のチームを一生懸命に応援するサポーターは、それだけで健康になっているといえます。スタジアムの付加価値が高まるようなサポートをすることで、新たな産業が生まれるのではないでしょうか。

川勝知事

知事:オリンピック憲章には、スポーツと文化・教育を融合させ、生き方の創造を探求するのがオリンピックの精神だとうたわれています。静岡から日本を元気にする産業をつくり出すために、オリンピアンのご指導をぜひお願いしたい。本日はありがとうございました。

対談者プロフィール

静岡県知事
川勝 平太
1948年生まれ。京都市出身。早稲田大学、同大学院を経て英オックスフォード大学で博士号取得。早稲田大教授、国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学学長などを経て2009年より現職、現在4期目。

参議院議員
橋本 聖子 氏
1964年生まれ。北海道出身。1992年冬季オリンピックアルベールビル大会スピードスケート女子1500m銅メダル獲得。スピードスケートと自転車競技で夏冬7回オリンピック出場。1995年参議院議員に初当選。2019年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣就任。2022年ふじのくに特別観光大使再任。東アジア文化都市2023静岡県実行委員会最高顧問。趣味は陶芸、乗馬。

東アジア文化都市とは

日本・中国・韓国の3カ国において、文化芸術による発展を目指す都市を毎年原則1都市選定し、文化交流、文化芸術イベントなどを実施する国家的プロジェクト(2023年の開催都市に静岡県が選定された)。地域の相互理解などを深め、東アジアの多様な文化を世界に発信する。

FacebookTwitterLine

総合情報誌「ふじのくに」とは

ふじのくに 最新号を読む
ふじのくにの入手方法

【静岡県庁で入手】
県庁東館2F県民サービスセンター 受付にて配布中
(品切れの際はご容赦ください)

【郵送での入手もできます】
返信用切手(1冊:180円)を同封し下記へお送りください。
〒420-8601 静岡県広聴広報課(住所不要)
「ふじのくに」担当宛

次号(第59号)は令和7年1月下旬発行予定です。

「ふじのくに」に関するお問い合わせ:

fujinokuni@pref.shizuoka.lg.jp