フカボリ
医療的ケア児等に関わる方の心の拠り所を目指して(後編) – 湖子ちゃんをきっかけに生まれる支援の輪 –
2022年12月26日
人工呼吸器による呼吸管理、たんの吸引といった医療的ケアを日常的に必要とする「医療的ケア児」。令和4年7月に開所した「静岡県医療的ケア児等支援センター」には、医療的ケアが必要な人やそのご家族などからのさまざまなご相談が寄せられています。
前編ではセンターの方の思いをご紹介しました。後編では、実際に相談にお越しになった熊野さんの思いをご紹介します。
目次
2 医療的ケア児当事者に -発達障害から進行性神経難病と診断されるまで-
3 県立東部特別支援学校での生活-常食と変わらない味も香りも楽しめるペースト食-
4 医療的ケア児への理解・支援の輪が広がることを願って-hoccorila(ほっこりら)-
1 静岡県医療的ケア児等支援センターを訪ねて
「医療的ケア児等センターが設置されたことを知り、どんな方が対応してくださるのか、会ってお話してみたかった。実際にお会いして、相談員の方は小児医療に長く携わっておられ、知見も経験も豊富な方々で安心しました。何よりもお二人の人柄が温かく、お話がしやすかったです。」と話すのは、沼津市にお住まいの熊野万起子さん。医療的ケア児・湖子さんの母親として、学校、医療、福祉、行政など、多くの関係者とのつながりを大切にされています。
2 医療的ケア児当事者に -発達障害から進行性神経難病と診断されるまで-
湖子さんは、現在中学3年生。県立東部特別支援学校に通っています。2020年3月に胃ろうの手術をして医療的ケア児となりました。学校に医療的ケアの申請をしたのは今年の春。出生時には問題はなく、年少期から徐々に発達面での障害が見られ始めたそうです。幼稚園から発達障害の疑いを指摘された際、当時、看護師として働いていた熊野さんは、
「落ち込みと同時に育てづらさの原因がわかりほっとしたのを覚えています。一晩で自ら情報収集して、療育を受けるためにはどういう手順を踏めばいいか整理しました。翌週にはかかりつけの小児科医で発達検査をし、各専門病院への紹介状を作成してもらいました。職業柄、次に何をしたらいいか考えて行動する習慣があったので、くよくよしている時間はありませんでした。」
この後、湖子さんは、広汎性発達障害(自閉要素の強い)と診断され、療育が開始されました。幼稚園の卒園後は、地域の小学校の特別支援学級に通っていました。しかし、小学1年生の冬頃から少しずつてんかんの悪化や身体症状に変化が現れ、徐々に日常生活でこれまでできていたことができなくなっていったのです。2年生の秋に進行性神経難病と診断され、今後に備えて2年生の3学期から現在の学校へ転校されました。
現在、湖子さんは、学校に通いつつ、自宅で訪問看護や居宅ヘルパーの支援、福祉事業所を利用しながら生活しています。自宅では、妹と猫と戯れたり、のんびり過ごしています。
湖子さんは、医療的ケア児となったことをきっかけに訪問看護や居宅ヘルパーを利用するようになりました。学校では、胃ろうからシリンジ注入と、かく痰吸引の医療的ケアの申請によって安全に過ごせるようになりました。一方で、利用可能な福祉サービス(放課後デイサービスやショートステイ先)は減ってしまったそうです。
3 県東部特別支援学校での生活-常食と変わらない味も香りも楽しめるペースト食-
湖子さんは登校後、担任の先生と熊野さん、養護教諭の先生、学校看護師さんとで健康観察をし、体調に問題がないことを確認してから授業に参加しているそうです。中でも毎日の楽しみは、給食。
「東部特別支援学校では、生徒それぞれが嚥下しやすい形態の給食を選んで食べることができます。湖子ちゃんは、まとまりペースト食という形態のもの(通常の給食と同じ材料で圧力鍋等を使い、食べやすく別調理した給食をペースト状にし、さらに一回濾してまとめたもの)を口から食べて、食べきれなかった分を胃ろう(胃につないだ管から直接栄養を取り込む)からシリンジで注入しています。担任の先生が、同じ目線で隣に座り、給食のメニュー紹介をしながら一品一品常食(通常の給食)を見せ、香りをかがせるようにお皿を鼻の近くまで持っていってくれます。ペースト食は、液体の栄養剤の注入よりも逆流しづらく、給食の時間も短くすむので、昼休みを十分取ることができます。また、常食と味も香りも変わらない給食を胃ろうからも食べられることは、栄養面だけではなく、食育の視点でも満足感が高いです。」
給食は、栄養教諭の佐々木先生が、試行錯誤しながら調理しています。佐々木先生に給食を作る思いを伺いました。
「みんなが楽しみにしている給食。やはり常食と同じ味を楽しみたいですよね。まとまりペースト食などの形態食を提供するために、研修などに参加して試行錯誤してきました。なるべく常食と同じ味で食べやすくなるように一手間加え、思いを込めて作っています。子どもたちが嬉しそうに食べているのを見ると、こちらも嬉しいし安心するんです。」
現在、東部特別支援学校では、生徒それぞれの食べやすさに応じて、常食、マッシュ食、ムース食、まとまりペースト食の4形態で提供しています。来年度から新たに、やわらか食が加わり、5形態になる予定だそうです。
長崎校長先生にも学校給食での支援について伺いました。
「食育の観点からも誰もが同じものを食べられる環境を実現したいと思っています。この10年だけでも教育現場は大きく変わってきました。医療的ケア児も医療の発達により在宅生活が可能になり、食事も滴下主体からシリンジ注入も導入されてきました。学校という教育をする場としての体制、食事の準備や排泄支援など看護師の配置、医療との共存など、すぐに解決できるものばかりではありませんが、様々な課題と向き合っていきたいと思います。」
4 医療的ケア児への理解・支援の輪が広がることを願って-hoccorila(ほっこりら)-
現在、熊野さんは、沼津市で医療的ケア児に特化した団体「hoccorila(ほっこりら)」の活動に参加しています。
「医療的ケア児に特化した団体が地域にあったらいいなと感じていました。そんな折に、hoccorilaを立ち上げる話を代表から聞き、当事者であり、これまで看護師として働いた経験が生かせるのではないかとお手伝いすることにしました。」
hoccorilaは、医療的ケア児のママサークルで、【ほっこり・リラックスの時間を楽しもう、一緒に。】というコンセプト。ご家族の交流だけではなく、地域の支援者を増やしていく取り組みをしています。2022年は、オンラインでの交流会や工作(順天堂大学保健看護学部の学生さんもボランティアとして協力)、サッカー観戦や地域の福祉事業所主催の海水浴イベントにも、メンバー同士で誘い合い、参加してきたそうです。熊野さんは、ご自身も楽しみながら活動しているそうです。また、地域の支援者同士をつなげることも意識して活動されているそうです。hoccorilaの活動、そして支援の輪が広がり、医療的ケア児の育児環境が向上し、豊かな生活を過ごせるようになってほしいと思います。
5 共生社会の実現への思い
最後に、共生社会の実現に向けて、県医療的ケア児等支援センターに期待することなどを熊野さんにお伺いしました。
「県医療的ケア児等支援センターができて、地域の声を届ける場所ができたのは大きいです。誰に相談すればよいのかわからず、また、気軽に話してよいものだろうかと、相談のハードルは高いものがありました。センターの方から、『医療で解決できないことが多く、福祉の知識を深める努力をされていること、各圏域の相談支援専門員さんや事業所を訪問する計画を立てられていること』を聞きました。センターが地域の支援者と連携しやすい環境づくりを目指していること知り、心強く思っています。今後、オンライン相談の設置や当事者だけではなく、支援者側の相談も受けて問題点を行政に働きかけていってほしいです。」
医療的ケアを必要とする方のご家族が置かれた環境を考えるとなかなか自由にできる時間はありません。熊野さんも情報収集に苦慮されたそうです。
「医療機関や行政、学校などの場で、何回も同じ話をしなければならない現状はとても大変で辛いです。支援者の職種によって欲しい情報は違います。限られた時間内に有意義な話し合いをするためには、事前の情報収集は必須です。保護者の負担を減らす目的だけではなく、支援者同士の情報交換や交流も創出できるメリットがあると思います。県内で統一して利用でき、個人情報も守ることができる情報共有ツールを作っていってほしいです。」
令和3年9月に「医療的ケア児支援法」が施行され、安心して子どもを生み、育てる社会の実現に向けて、各所が今できることから動き始めています。地域における医療的ケア児との関わり方について伺いました。
「現在、特別支援学校は各市町にはないので、近隣の市町を超えて通わなければならないことが難点です。障害のある人ほど、小さな頃から地域とつながって一緒に生活する場をしっかりと作っていく必要があると思います。一緒に過ごす時間があるとお互い理解し合えます。直接支援してくれる人だけでなく、優しく見守ってくれる人も増えると思います。また、未就学児の場合、療育園と幼稚園・保育園とを曜日単位で併用できるので、義務教育課程でも特別支援学校と地域の学校を年数回ではなく、もっと併用できるようになってほしいです。
学校卒業後の生活の場も医療的ケア児(者)には少ないです。高齢者の介護保険サービスのように障害がある人も多くのサービスが利用できるようになるといいなと思います。障害福祉サービスは、高齢者の利用できる介護保険サービスよりも報酬が低いので事業所が増えないと聞いています。その点が改善されていけば、共生型(ふじのくに型)の事業所が増え、医療的ケア児(者)も利用できる場所が増えていくのではないでしょうか。」
医療的ケアを必要とする方の取り巻く環境は、日々、進歩しています。熊野さんご自身も湖子さんの病気が進んでいく中、制度や情報も選択肢が少なく、今も大変な状況です。
「問題が生じたときには、どうしたらできるようになるのかと考えるようにしています。様々な方とのつながりを大切にしていた結果、ピンチの時に協力者が一人、また一人現れるラッキーな事も続いています。色々な人の力を借りてこれまではやってこれましたが、母親としてやれることがまだあると思っています。湖子ちゃんがつないでくれた地域の方々との御縁を大切にしながら、医療的ケア児やその家族が生活しやすくなるよう発信を続けていきたいと思います。」
今回、前編と後編に渡って、医療的ケア児等に関わる方々の思いを取材しました。地域間の悩みを共有し、解決の糸口を目指す県医療的ケア児等支援センター、そして、そのセンターに期待を寄せるご家族。共生社会を実現するためには、当事者間だけではなく、地域としての関わりも大切になってきます。まずは医療的ケアが必要な方が置かれている環境を知っていただければと思います。
【関連リンク】
▼静岡県医療的ケア児等支援センターの仕組みは、「県民だより8月号」をご覧くださいhttps://www.pref.shizuoka.jp/kikaku/ki-110b/202208/color2/index.html
▼医療的ケア児への支援について
http://www.pref.shizuoka.jp/kousei/ko-320/iryoutekikeaji/top.html
▼「医療的ケア児等に関わる方の心の拠り所を目指して(前編) – 静岡県医療的ケア児等支援センター 始動-」は、こちらをご覧ください。
▼熊野さんが譲り受けた猫のお話はこちらをご覧ください。
「子猫の命に真正面から向き合う-中学2年生の勇気と責任と覚悟-」
問い合わせ
静岡県広聴広報課 ☎ 054(221)2231 FAX 054(221)4032