フカボリ
“東部地域×スポーツ” 東部地域を拠点に活躍する河合紫乃選手に車いすフェンシングについてお話を伺いました!
2024年1月31日
沼津市を拠点に活躍する車いすフェンシングの河合 紫乃(かわい しの)選手に、お話を伺いました。練習拠点としているF3 BASE(沼津市)で、河合選手による実演もふまえ車いすフェンシングを紹介してもらいました。
河合選手は、以前バドミントンの選手で、実業団チームに所属し、日本トップレベルのS/Jリーグの選手でしたが、股関節の怪我とその手術の後遺症により、障がいが残ってしまいました。
寝たきりの日々が続くなか、後輩のバドミントンの選手が、国際大会で優勝した様子を見て、「自分が変わらない限り現状は変わらない。もう一回スポーツの世界に戻ろう」と決意し、車いすフェンシングを始めました。現在では毎月のように海外遠征をする等、日々世界を舞台に戦っています。
目次
1 車いすフェンシングとは
車いすフェンシングは1960年のパラリンピック第1回大会から行われている競技で、競技用車いすを「フレーム」と呼ばれる装置に固定し、上半身だけで戦うフェンシングです。
フェンシング同様「フルーレ」、「エペ」、「サーブル」の3種目がありますが、競技に使用する剣や防具などの用具はフェンシングと同じものを使います。選手の位置が固定されることや障がいの程度でクラス分けがあること、攻撃の有効面が上半身だけと、車いすフェンシング特有のルールもあります。
参考:公益財団法人日本障がい者スポーツ協会「かんたん!車いすフェンシングガイド」
https://www.parasports.or.jp/about/referenceroom_data/competition-guide_25.pdf
〇フルーレ:攻撃方法は突き、有効面は胴体のみ、優先権があります。剣先にセンサーがあり、有効面を500g以上の力で突いた場合に得点となります。剣の重さは500g以下。
〇エペ:攻撃方法は突き、有効面は上半身、優先権はありません。下半身を突いても得点とならないように絶縁のためのスカートを着用します。剣先で750g以上の力で突いた場合に得点となります。剣の重さは770g以下。
〇サーブル:攻撃方法は突きだけでなく斬りもあり、有効面は上半身で優先権があります。センサーは剣先だけでなく剣身全体であるため、剣が有効面に触れただけで得点になります。剣の重さは500g以下。
〈優先権〉
先に腕を伸ばして攻撃を仕掛けた方に与えられます。優先権がある状態で突きや斬りを決めたときに、初めてポイントになります。優先権のない選手が優先権のある選手の剣を払って剣先をそらせたり、間合いを切って逃げ切ると、優先権は相手へ移ります。
2 車いすフェンシングとの出会い
今は、車いすフェンシングの日本代表として活躍している河合選手。まずは、車いすフェンシングを始めたきっかけを伺いました。
「バドミントン選手時代に両股関節を怪我してしまい、その手術の後遺症などで約3年寝たきりのような状態でした。痛みや薬による治療は辛く、ご飯も食べられないような状態でした。
しかし、入院している時に、後輩のバドミントンの選手が、国際大会で優勝した様子を、テレビで偶然見て、その時に、すごく心を動かされて、自分ももう一回輝きたいと思いました。
『このままではダメだ。自分が変わらない限り現状は変わらない。もう一回スポーツの世界に戻ろう』と決意しました。
当時、握力が8kg程度しかなかったので、チェアワーク(車いすを動かしながらするスポーツ)のあるスポーツはできないので、バドミントンで培った駆引きを生かせる対人競技を探し、車いすフェンシングを選びました。」
手術や怪我の治療、薬による副作用により体重が激減し、車いすフェンシングを始めた時には、体重は30kgまで減ってしまったとのこと。当時を振り返っていただきました。
「『体重をもとに戻す』という作業が一番辛かったです。食べなきゃいけない、と分かっていても体が受け付けてくれませんでした。体重は3年くらいかけてもとに戻しました。
バドミントンについても、自分は満足してバドミントンを辞めた訳ではありません。当時は、バドミントンは見たくもなかったです。『できない』自分が悔しくて、バドミントンに関係することはすべてシャットアウトしていました。」
車いすフェンシングを始め、2019年に日本代表として国際大会への出場を果たしました。辛い時期を乗越えて、良かったと思えるような瞬間はどのような点か伺いました。
「私は乗り越えたわけではなく、これが当たり前、普通になっただけです。自分が結果を出した時、例えば、パラリンピックに出場してメダルを獲れば、やってきてよかったと感じられると思います。」
3 車いすフェンシングの魅力
なかなか試合を観戦する機会がない車いすフェンシング。競技者として、河合選手にその魅力を教えてもらいました。
「車いすフェンシングは、車いすが完全に固定されるので、限られた距離でのスピード、駆け引きが魅力です。車いすフェンシングでは、試合前にピストで車いすの位置を固定するために、距離の計測を行います。計測の時から駆け引きが始まっています。」
初めて車いすフェンシングを見ても、そのスピードやハイレベルな攻防で試合状況を理解することはなかなか困難です。
「私がやっている「サーブル」には『フレーズ』という優先権のやりとりがあります。優先権が常に自分と相手の間で移るので、一般の方は試合の状況を把握することは難しいと思います。試合中、私も分からなくなりますし、審判もビデオ判定をするときもあります。
審判に対して、『自分が優先権を持っている』という見せ方も技術の一つです。でも、それがすごく難しいので、毎日動画を見るなどして研究をしています。」
河合選手はスピードとバドミントンで鍛えた駆け引きが強みとのこと。自身のプレースタイルや得意なプレーをお伺いしました。
「アグレッシブでスピーディーなプレースタイルが自分の持ち味です。あとはバドミントンをやっていたので、駆け引きの部分は、感覚というか本能でやっています。
得意なプレーは、相手が攻撃を仕掛けてきた際に、相手の剣を受け止めるのではなく、斬って優先権を奪うプレーです。他には、相手が優先権を奪うために剣を叩いてくる瞬間を見極めて、攻撃を仕掛けるプレーが最近の試合ではうまく決まっています。
バドミントンでは、コートを挟んでいるのでシャトルを打ってから相手の攻撃を受けるまでに時間があります。それと比べてフェンシングでは、一瞬で判断しなくてはいけないので、バドミントンとはまた違う難しさがあります。しかし、私は、バドミントンの経験があるので相手の変化にいち早く気づくことができます。」
河合選手が行うサーブルは、突きだけでなく斬りがあるのが特徴です。
「「エペ」や「フルーレ」は剣を相手に突いて、一定の圧力が加わらないと得点にならないのですが、サーブルは相手の有効面に触れれば得点が入ります。
最初は「エペ」をやっていましたが、けがの影響で握力が弱く、エペの剣が重く持てなくなってしまったので、試合をすることができなくなりました。サーブルは「相手に触れれば勝ち」であること、「エペの剣より軽い」ことが転向の理由です。
『サーブル』は迷ったら負けです。瞬時の判断の中での駆引きがすごく重要だと感じています。」
現在、パリパラリンピックに向けて練習を行っている河合選手、普段どのようなトレーニングをしているのか聞いてみました。
「ピストの上での練習以外は、体幹などのインナーマッスルや、目のトレーニングを中心にしています。無駄なことはしません。
フェンシングは重いものを動かすスポーツではなく、スピードとしなやかな柔軟性が必要な競技です。
私は手術の影響で左側の腹筋と足に麻痺が残っていて力が入りにくいです。車いすフェンシングでは足が固定されるため、遠くに攻撃する際には、ぶれない体幹が必要となります。使えないところを補うためのトレーニングにも重点を置いています。」
車いすフェンシングでは、サーブル種目を専門に戦う女子選手は日本では河合選手のみで、現在、沼津市職員で、サーブル種目で2度のオリンピック出場経験があり車いすフェンシングの指導ができる長良コーチに師事するために沼津市へ移住しました。現在は、試合の経験を積むために海外遠征もしています。
「秋のジョージアへの海外遠征は1人で荷物を抱えて行きました。障がいを抱えながら1人で遠征することは負担が大きいですが、強くなるためには海外へ行っていろいろな人と剣を合わせ、経験を積むことが、一番の近道だと思っています。」
4 車いすフェンシングを体験
次に、筆者である私自身も車いすフェンシングのピストにあがらせてもらいました。
まずは、河合選手に試合前の車いす間の距離の測り方を教えていただきました。車いすフェンシングでは、試合前に車いす間の距離を調整します。両選手が車いすの中央にまっすぐに座った状態で、一方の選手が剣をまっすぐに伸ばし、もう片方の選手は剣を持つ腕の肘を直角に曲げた状態で、相手選手の剣がちょうど肘に届くように車いす間の距離を調整します。
次に、私自身もフェンシングの防具をかぶって、河合選手の攻撃を実際に体験しました。
「プレ、アレ!」の試合開始の掛け声と同時に、私は攻撃を仕掛けようとしたのですが、「アレ!」が聞こえたと思った時には、私のかぶっていたマスクは河合選手の剣に斬られてしまいました。
私には河合選手の剣の動きは全く見えず、反応することができませんでした。
剣がマスクを斬る衝撃と音は想像していたよりも大きかったです。
河合選手の話にもあった、一瞬の判断や駆け引きというもののレベルの高さを体感させていただきました。
5 まとめ
車いすフェンシングのパラリンピックへの出場条件は世界ランキング8位以内という厳しい条件があります。最後に、パリパラリンピックに向けた意気込みをお伺いしました。
「『日本で一番ならパラリンピックに出場できる』と考えている人が多いと思いますが、日本でチャンピオンになっても出場できるわけではありません。
出場条件は、すごくシビアで、ハードルが高いです。パラリンピック出場は、狭き門だということを感じています。パリパラリンピックの出場権を争う大会は令和6年の5月まで続きます。最後まで戦い続け、パリパラリンピックに出場することがかなわなかった時は、また次を目指したいと思っています。
パラリンピックに出場できたら、メダルを取れるように頑張ります。後悔しないような、選手生活を送っていきたいと思っています。」
現在河合選手はトレーニングのために沼津市へ移住し練習に励んでいます。インタビュー中、静岡県東部地域に関して、「魚がおいしい。」「住んでいる人たちが温かい。」等の感想を話してくださいました。沼津には、お気に入りのお店があったり、伊豆半島の温泉などにも行かれたり、東部地域での暮らしを満喫されているようです。
また、東部地域の練習環境については、「日本では、このF3 BASEが車いすフェンシングの練習ができる一番の拠点だと思っています。自分にとってはとてもありがたい施設です。コーチも施設も自分にとって一番の場所ですね。」と話してくださいました。
東部地域を拠点に、活躍の場を世界に広げている河合選手。今回の取材では、私たち初心者にも、丁寧に、そして誠実にお話しをしてくださったことが印象的でした。
これからも東部地域局では静岡県東部地域で活躍するスポーツ選手や地域の魅力を発信していきます。
すでにフカボリで紹介した沼津市のフェンシングの取り組みもあわせてご覧ください。
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