知事対談 総合情報誌ふじのくに

地球的な視点で見えてくる静岡県が守るべき本質的な価値と資源

2022(令和4)年7月

静岡県とは、いかなる地域か。その議論に地球的な観点を加えると、これまで見えてこなかった魅力や可能性が浮き彫りになる。
川勝平太静岡県知事が、地球科学を専門とする静岡県公立大学法人理事長兼静岡県立大学学長でもある尾池和夫氏と、本県が守るべき地球的価値について語り合った。
(対談:2022年2月)

一つになった伊豆半島

川勝知事

知事:昨年4月に静岡県公立大学法人理事長兼静岡県立大学学長に就任していただき、誠にありがとうございます。私が知事になった動機は、理事長を県の最高幹部の天下り先にしていた慣行を改めることでした。最高学府のトップは最高の学者でなければなりません。先生の御就任で県立大学の「学の独立」の体制が整いました。

尾池氏

尾池氏:両方を1人でやることは、非常にやりやすいと思っています。これまでモタモタしていたところを早く動かせますから。今は法人の事務局、大学の事務局、短大の事務局の三つがあるのですが、まず事務組織を全部一体にしました。

川勝知事

知事:県立大学は薬学部から始まりましたが、他大学との合併、食品栄養科学部、国際関係学部、経営情報学部、看護学部などが加わり、まとめるのは大変でしょう。

尾池氏

尾池氏:いろんな歴史を引きずっていましたからね。4月からはとにかく一つに事務を中心にして、仕事の中身を一つ一つ精査して、要らないものは取ってしまおうという魂胆です。

川勝知事

知事:もう一つ御礼を申し上げたいのは、伊豆半島のジオパーク認定です。先生は日本ジオパーク委員会のトップとして多くの国内のジオパーク認定に関わってこられました。

尾池氏

尾池氏:日本で今46地域ですね。そのうち9地域がユネスコ世界ジオパークに認定されています。

川勝知事

知事:伊豆半島のユネスコ世界ジオパーク認定で、地元の心が一つになりました。

尾池氏

尾池氏:ジオパーク以前は、地元の人が伊豆半島の大地そのものを見ていなかった。温泉とか観光ばかり見ていてね。自然の大地の美しさに地元が気付いたんです。

川勝知事

知事:ジオパークの名前とともに「フィリピン海プレート」や「プレートテクトニクス」という名称も身近になって、地球への関心が高まり、特に地元の生徒たちの知識にもなりました。

尾池氏

尾池氏:そう、地球というものを中から見るようになった。あれは見事な転換でした

川勝知事

知事:大転換です。

尾池氏

尾池氏:なかなかうまくいかないかもと思ってました(笑)。「南から来た火山の贈りもの」というキャッチコピーが非常に良かったんですね。伊豆半島はマグマの塊だから軽くて、沈まない。それがフィリピン海プレートに乗って、浮いたまま北上して、本州へ“ドン”とぶつかって、ぎゅーぎゅー押している。その仕組みが分かったら、面白いですよ。

川勝知事

知事:きわめて面白い。伊豆半島を行政単位ではなく、「伊豆半島は一つ」という自覚が生まれました。伊豆半島を世界クラスにしていただいたことが嬉しく、県民を代表し、特に伊豆の人々になり代わって、厚く御礼を申し上げます。

静岡県は川の博物館

川勝知事

知事:昨年、「南アルプスを未来につなぐ会」を立ち上げました。

尾池氏

尾池氏:いい会ができたと思って喜んでいます。

川勝知事

知事:顧問をお引き受けいただき、ありがとうございます。「つなぐ会」の複数の関連組織の一つ「南アルプス学会」の会長は、ふじのくに地球環境史ミュージアムの佐藤館長、副会長は静岡文化芸術大学の横山学長、顧問は南アルプスの生態系研究の第一人者の静岡大学の増澤教授。その親組織「つなぐ会」の最高顧問が先生です。改めてお聞きしたいのですが、南アルプスも糸魚川もジオパークでしたね?

尾池氏

尾池氏:南アルプスジオパークというのはありますが、それは長野県の大鹿村を中心とした中央構造線のエリア。南アルプス全体はちょっと広過ぎるので、今は「中央構造線エリア」というかっこ書きです。南アルプスのエコパークとほぼ重なる領域ですね。つまり、エコパークの「核心地域」は、ジオパークとしても非常に大きな意味があり、日本列島の要です。糸魚川はそのものがジオパーク、だいぶ前からユネスコ世界ジオパークです。

川勝知事

知事:南アルプスは糸魚川-静岡構造線の西側にあって、その中央構造線エリアがジオパークとなり、ユネスコのエコパークにも認定されました。糸魚川-静岡構造線とフォッサマグナとはどう違うのですか。

尾池氏

尾池氏:フォッサマグナは、元々「大きな溝」という意味。溝に泥がたまって、その泥が隆起して大きな山になっている。それがフォッサマグナです。その西端の境界線が糸魚川-静岡構造線。そこからフォッサマグナの地域が東の方に広がっています。

川勝知事

知事:フォッサマグナは北米プレートの上に乗っているのですか。

尾池氏

尾池氏:北米プレートの西の端っこです。そしてユーラシアプレートの東の端っこが西日本で、その境が糸魚川-静岡構造線。その西側に中央構造線が九州まで走っています。静岡県は、南アルプスに加えて、独立峰の富士山と天城山という三つの山を持っていますが、その一つが南アルプスで、日本列島の中央部。だから非常に面白い県なんです。

川勝知事

知事:ものすごくダイナミックな地域ですね。

尾池氏

尾池氏:しかも南に遠州灘と駿河湾と相模湾があります。そこへ三つの山から川がどんどん流れてくる。ただし、浸食よりも隆起が勝っているので、山は高いまま。隆起が激しいということは浸食も激しい。そして浸食から残った台地ができる。三方原台地とか牧之原台地ですね。川で言えば、天竜川、大井川、安倍川、富士川がある。天城山がどんどん隆起しているから狩野川は北へ流れています。太平洋側で珍しい北向きに流れる川です。富士山から流れてきた土砂は、南海トラフの大地震で日向灘まで流れていきます。

川勝知事

知事:なんと九州の日向灘までですか?

尾池氏

尾池氏:はい、乱泥流でね。それから中央構造線の筋をまっすぐ流れてくる天竜川は、ものすごい土砂を運んでくる。一方、大井川は、東西に走る地層のところを横切ってくるから、ぐにゃぐにゃに曲がって流れてくる。それもまた独特の豊かな成分を流し込んできます。それから安倍川は、静岡市内だけを流れる川で、ものすごくおいしい伏流水が水道水を供給します。

川勝知事

知事:本県の川には強烈な個性があるのですね。安倍川流域の地下水は豊富です。

尾池氏

尾池氏:私が静岡に住むようになって何がうれしいかって、水道の水がものすごくおいしい。ともかく、いろんな川に対応して、それぞれ違う平野や盆地に町ができています。あらゆる種類の川がそろっている静岡県は「川の博物館」と言って良いし、そういう位置づけをすると、南アルプスも非常に重要な、日本列島の中枢における核心地域であることがはっきりします。

南海トラフ巨大地震はいつ?

川勝知事

知事東日本大震災以来、「東海・東南海・南海3連動の巨大地震」と言われたものが、今は「南海トラフの巨大地震」と呼ばれています。最近起きた大きな地震は?

尾池氏

尾池氏:東南海地震です。1944年、昭和19年の12月。それと1946年南海道地震の2連発です。2年置いて。

川勝知事

知事袋井あたりですごい被害が出ました。1944年の前は?

尾池氏

尾池氏:それが安政の大地震。1854年の安政東海・南海地震で32時間置いて2連発。幕末です。その前は1707年の宝永地震。それで富士山が噴火して宝永山ができたんですね。

川勝知事

知事継起性を感じますね。先生は南海トラフ巨大地震の2038年説を発表されています。正直、驚きました。

尾池氏

尾池氏:いろんな理由がありますが、一番確度の高い予測がその頃です。西日本は東日本と違ってプレート境界と陸がかなり近い。だから、室戸岬、御前崎、潮岬などは、皆すぐ近くに南海トラフの境界があって、フィリピン海プレートが沈み込みながら陸のプレートを引きずり込んでいる。室戸岬は海溝からの距離が近いので、地震の時に海底とともに隆起する。だから港を早く浚渫(しゅんせつ)※しないと間に合わない。室津港の浚渫をどれだけしたかという記録から類推すると、2038年になります。

※港湾などに溜まった土砂を取り除く工事

川勝知事

知事歴史的根拠があるというわけですね。静岡県は南海トラフの地震に備えて「地震・津波対策アクションプラン」を策定しています。プランの進展状況をPRしているうちに「南海トラフの巨大地震」という呼び名は広く知られるようになりました。

尾池氏

尾池氏:とにかく「起こるかもしれない」ではなく「必ず起こります」。それと季節が偏っています。起こるのは9月から3月の間。統計が8回分もありますから、今後も繰り返すでしょう。そういう癖があることを知っていれば、行政には大きなメリットがあるでしょう。そうした知識を県民の皆さんに具体的に知ってもらう仕組みをつくるべきだと思います。

塊として捉える南アルプス

川勝知事

知事先生は南アルプスについて、トップクラスの知識を持たれているお一人ですが、ご専門の観点から、南アルプスにリニアを通すことをどうお考えですか。

尾池氏

尾池氏:リニアそのものの技術は、日本が誇るべき技術です。千葉工業大学の学長・松井孝典さんが「文藝春秋」で書いていますが、そのとおりだと思います。
 ただ、世界に冠たる技術を、自然の核心地域で、わざわざトンネルをぶち抜いてつくる必要はないわけです。甲府から飯田を結ぶなら、距離や駅間を見ても、北から回ればすっと行けます。だから、どうしてわざわざ南アルプスに穴を空けなければならないのか分かりません。

川勝知事

知事トンネルを掘ると必ず水が出ます。環境影響評価を読むと、毎秒2トンの水が失われるとあります。流域住民の一年間に使う水道の量です。大井川は南アルプスを源流としており、流量や地下の水系も含め、生態系にも悪影響を及ぼします。それを分かっていながら、なぜ掘るのか。

尾池氏

尾池氏:わざわざ掘る必要はない。例えば、1930年の北伊豆地震。あれはとんでもなく早期に活断層が動いたのですが、それは伊豆で丹那トンネルを掘った時、地下水を大量に移動させて大地震を誘発したからだと私は考えています。そういうこともあり得ます。実際、わさび田が駄目になったり、いろんな影響が出ています。

川勝知事

知事丹那断層ですね。甚大な被害が出ました。失われた水の量は芦ノ湖の3倍と言われており、水田もわさび田も干上がりました。失われた水は戻ってきません。

尾池氏

尾池氏:地下水を動かすと岩盤が壊れて地震が起こることは、あちこちで例がいっぱいあります。圧入して地震が起こったこともあります。とにかく地下水を下手につつくことは良くない。これは間違いないです。

川勝知事

知事先生は静岡県の大地をよくご存じですが、特に大井川流域には、地下水を利用したさまざまな産業があります。お茶、お酒、酒造り用の米、養殖ウナギなど。

尾池氏

尾池氏:いっぱいありますね。そういう全ての産業において、結局水質が一番大切な要素でしょう。ところが、議論されるのは水量ばかりで、水質と地震の話は出てきません。

川勝知事

知事国の有識者会議の「中間報告」は、一年半もかけて水量だけしか論じていません。

尾池氏

尾池氏:それを一生懸命調整してどうのこうのというより、自然のままそっとしておいて迂回するほうが私はいいと思っています。

川勝知事

知事南アルプスは動かないけれども、ルートは人間が決めるから動かせます。「急がば回れ」という智慧もあります。

尾池氏

尾池氏:南アルプスの山塊を一つの塊として、そこに含まれる地下水とともにしっかり保存することが重要であり、日本列島の要を守る文化なんですね。技術、学問、文化がちゃんと歩み寄って、どれもが共に成り立つようにやっていくことが大事です。

川勝知事

知事「和を以て貴しとなす」が基本です。異なるものを共生させるのが和です。リニアの技術と南アルプスの保全とは両立させなくてはなりません。引き続きアドバイスをいただければと思います。今日はどうもありがとうございました。

尾池氏

尾池氏:こちらこそ、どうもありがとうございました。

対談者プロフィール

静岡県公立大学法人理事長兼
静岡県立大学学長

尾池 和夫氏

1940年東京都生まれ。京都大学理学部教授、同大学理学部学部長を経て副学長を務めるなど要職を歴任し、京都大学第24代総長を務めた。2008ー2018年、日本ジオパーク委員会委員長。京都芸術大学学長(2021年3月まで)。氷室俳句会主宰。理学博士。

静岡県知事

川勝 平太

1948年生まれ。京都市出身。早稲田大学、同大学院を経て英オックスフォード大学で博士号取得。早大教授、国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学学長などを経て2009年より現職。現在4期目。

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