静岡で輝く人 総合情報誌ふじのくに
【インタビュー】青島酒造株式会社 代表取締役杜氏 青島 孝さん
2022(令和4)年10月
遠く離れて、気がついた ここでしかできない酒造り
藤枝市上青島。旧東海道の面影を残す古い家並みの一角に、江戸時代中期から続く酒蔵『青島酒造』がある。
日本酒『喜久醉(きくよい)』の年間生産量は約800石※1と小規模だが、既に予約だけで完売してしまう銘柄もあり、プロの料理人から個人の日本酒愛好家まで全国に多くのファンをもつ。
酒蔵の入口には、水しぶきを上げて勢いよく湧き続けている水がある。「大井川水系、南アルプスからの伏流水を、地下60mから井戸でくみ上げています」と杜氏の青島孝さん。口当たりの優しい軟水はほんのりと甘く、水量も水質も一年中安定しているという。これが銘酒の源になっているのだとうなずける美味しさだ。
『この土地でしかできない酒造り』が青島酒造の身上。大井川水系の良質な水、肥沃な土壌で育てられる無農薬栽培の酒米、師と仰いだ河村傳兵衛氏※2の静岡酵母、先代親方たちから受け継いだ地域独特の志太杜氏の流儀。この四つが全てそろって、銘酒『喜久醉』の今がある。
青島さんの一年は米作りと酒造りで過ぎていく。春から秋までは田圃に足繁く通い、冬は酒蔵にこもって酒造りに没頭する。
「その年の稲の様子を知ることが、酒造りの始めの一歩になるんです」。
豊かな水や土壌、温暖な気候。全てが地域のかけがえのない宝物だと、青島さんは言う。そして、それに気付くこと、守り育てていくことの難しさも知っている。
「20代の頃、家業に背を向けてニューヨークの金融業界で働いていました。日々が目まぐるしく変わる多忙な生活をしていたからこそ、家業の酒造りという真逆の世界、地域で自然と向き合い、代々受け継がれていく伝統的な営みの尊さに気付いたんです」。
今年も稲の収穫が終わり、そろそろ酒造りの季節が始まる。
「毎年、もう一息、もう一息って思いながら造っています。杜氏として経験を重ねてもまだまだ頂点には到達していない。それがライフワークとしての酒造りの醍醐味でもあります」。
※1 一石は180ℓ、一升瓶100本分の量。
※2 静岡県沼津工業技術センターに在職中、「静岡酵母」を開発し、静岡県を吟醸王国に引き上げた功労者。三番弟子であった青島さんの杜氏名、傳三郎の「傳」は河村氏の名前の一字を授かっている。
プロフィール
青島 孝 さん
1964年静岡県藤枝市生まれ。大学卒業後、投資顧問会社でのファンドマネージャーを経て渡米、ニューヨークで約5年間活躍。1996年に32歳で実家に戻り、酒造りの後継者となる。四半世紀を経た今は、ベテラン杜氏として若手に技術や流儀を教える立場に。田圃と酒蔵で一年の大半を過ごし、酒造りは仕事というより人生そのものになっている。