しあわせに暮らせる地域づくり 総合情報誌ふじのくに

〜産学官民で作り上げた「静岡方式」の先駆け〜“防災先進県”ふじのくに静岡の新たなレガシー「一条堤」

2022(令和4)年10月

全国屈指の長さを誇る「一条堤」。平時はウォーキングを楽しむなど、市民の憩いの場になっている。

静岡県では過去40年以上もの間、着実に地震・津波対策に取り組んできた。
東日本大震災後には、地域の特性を踏まえ、ハード・ソフトを組み合わせた津波対策を推進する「静岡方式」という新たな対策を提唱している。契機となった浜松市沿岸域の防潮堤「一条堤(づつみ)」の取り組みを紹介する。

類のないプロジェクトに“やらまいか”精神が呼応

300億円を寄附した一条工務店グループへ、地域が感謝を込めて「一条堤」と名付けた。

昭和51年に東海地震説が発表されて以来、静岡県では地震・津波対策を最重要課題とし、昭和53年、平成5年、13年と3次にわたり、地震被害想定を見直してきた。

こうした中、平成23年に発生した東日本大震災の甚大な津波被害は、被害想定のあり方を根底から検討し直す契機となり、県は第4次地震被害想定を公表するとともに、10年間で人的被害を8割削減することを目標とした「静岡県地震・津波対策アクションプログラム2013」を策定。低平地が広がる浜松市では、地震発生から約18分で津波が海岸に到達し、最大津波高約15m、JR浜松駅付近まで津波が及ぶことが想定された。

このような状況の中、地元浜松を創業の地とする一条工務店グループから防潮堤整備の寄附金の申し出があり、平成24年6月、一条工務店グループ、静岡県、浜松市で「三者基本合意」を締結。平成25年7月より着工し、令和2年3月に竣工した。

沿岸部の建設については法的な制約が多く話合いは難航したが、関係者の強い思いが「三者基本合意」に結びついた。

想定最大津波の減災を目指して〜CSG工法による防潮堤整備〜

県が目指したのは、「想定最大津波に対しても命を守る減災効果を得る防潮堤。レベル1の津波※1はもちろん、レベル2の津波※2に対して越水も見据え、津波避難ビルの指定なども組み込んで減災する狙いだ。

また、着目したのは宅地の浸水深だ。東日本大震災では、浸水深2m以上で多くの木造家屋が流出。このため、県は想定される津波に対し減災効果のシミュレーションを行い、最も効率的に減災効果が得られる防潮堤の高さを検討し、標高13mから15mを基本として設定した。これはレベル2の津波に対し、宅地の浸水面積を約8割低減し、浸水深2m以上となる宅地面積を98%低減できる見込みだ。更に最大の特徴は基本構造だ。防潮堤内部の中央部には、ダム技術として実績のあるCSGCemented Sand and Gravel)を台形形状に配置。CSGは、岩石質の材料にセメントと水を混合したもので、強度が高く浸透破壊や越水による破壊が生じず、連続した津波や地震の揺れなどにも耐える。

令和3年、土木学会賞(技術賞)を受賞。

CSGの両側を盛土とし、海岸防災林の再生を可能にして環境や景観面に配慮したこの工法は、社会の発展に寄与したとして令和3年に土木学会賞技術賞を受賞した。

※1 レベル1津波…発生頻度は比較的高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波(東海地震などによる津波)。海岸堤防等の整備の基準となる津波。 
※2 レベル2津波…発生頻度は極めて低いが、発生すれば甚大な被害をもたらす最大クラスの津波(南海トラフ巨大地震などによる津波)。

「オール浜松」を合言葉に結束

防潮堤の標高は、南海トラフ巨大地震の想定最大津波高に匹敵する高さだ。全長は約17.5km。社会的影響もあることから、市域の理解を深めるべく「オール浜松」で取り組んだ。

設計段階では、地域の要望を始め、自然環境・植栽計画・景観デザイン検討委員会の専門的な意見を取り込み、植栽については、宮脇昭氏の提唱する潜在自然植生による森づくりを行う「宮脇方式」を基本に据えた。

みんなでつくろう防潮堤市民の会」も設立され、市民・業界団体など41団体が、防潮堤のPR活動に参加。整備初年度から実施した見学会は、7年間で3万人以上が訪れた。
浜松商工会議所は、横断幕やロゴマークを作成・周知するだけでなく、「会員1社1日100円寄附運動」という活動でバックアップ。

浜松市津波対策事業基金には約13億6,000万円もの寄附が集まり、地元愛が支えた整備となった。そして、地域の発意から、防潮堤は「一条堤」と名付けられた。

防潮堤の市民植栽。クロマツなどさまざまな品種を植樹。小中学生など、市民が協力した。
静岡文化芸術大学の学生や教員が、さまざまな意見をもとに、防潮堤をジオラマにして見える化した。

県では、この一連のノウハウを「静岡方式」における「浜松市型」の事例とし、各地域の特性を踏まえた最もふさわしい津波対策の整備手法の検討を沿岸市町へ呼びかけている。

防潮堤の一丁目一番地は安全・安心だが、造って終わりでは防災意識が薄れ、逃げなくなる。
「オール浜松」で造り上げた「一条堤」の物語は、防災や環境教育の場など市民による多面的な関わりを通じて、末永く語り継がれていくことが重要となる。

浜松市沿岸域 防潮堤整備事業の詳細はこちら

防潮堤整備後、宅地浸水面積約8割減!2m以上の宅地は98%減!

整備前は沿岸全域が浸水深2m以上、東海道本線・新幹線まで浸水が及んでいた。
整備後は、宅地の浸水面積を約8割低減し、宅地の浸水深2m以上のエリアは98%低減。残りの2%を避難タワーや避難マウントなどで対策。ソフトとハードを組み合わせて生命・財産を守る。

静岡県立浜松南高等学校×静岡県浜松土木事務所 〜続け! 広がれ! 環境保全の輪〜

多くの人に知ってもらう広報活動の一環として、「第55回全国野生生物保護活動発表大会」に出場。見事に環境大臣賞を受賞した。

平成29年3月から、浜松土木事務所と協働で防潮堤の自然環境保全活動や環境調査を行っています。建設前の調査では、「カワラハンミョウ」という絶滅危惧種が中田島砂丘に生息していることが分かり、築堤前後の生活環境、生息数を比較するなど、土木事務所と一緒に調査しました。それと並行し、校内で飼育して生態も研究。砂地を好むことが分かり、他校や企業と協力して砂丘の除草作業も行っています。築堤後の調査では、防潮堤に幼虫が巣を作ることから、生息数が増えていることも確認されています。

1年生~3年生まで、部員41人の目標は、「カワラハンミョウを浜松市の指定保護動物にすること。そうなれば、より多くの人に知られ、守りたい思いから保全活動につながります。遠州浜には、他にもさまざまな動植物が生息しています。動植物に住みやすく、浜松市民の心の原風景となるためにも、部活動を通じて活動を続けていきます。
(静岡県立浜松南高等学校 自然科学部)

他校との除草活動。
臆病な「カワラハンミョウ」をやさしく捕獲。
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