知事対談 総合情報誌ふじのくに

地質学的な視点で見えてくる駿河湾からの地球的発想〜核廃棄物処理に新たな光〜

2023(令和5)年1月

なぜ日本は地震大国なのか。その理由は、日本列島の成り立ちが大きく関わっている。その中で静岡県とは地質学的に見てどのような地域か。 川勝平太静岡県知事が、地質学を専門とする東海大学海洋研究所長の平 朝彦氏と対談。本県の特性や浜岡原子力発電所が関係する核廃棄物処理方法についても語り合った。

撮影場所/東海大学海洋科学博物館

海溝から誕生した日本列島

川勝知事

知事:本日はお話を聞く機会を与えてくださり、ありがとうございます。先生の最近著『人新世』(東海大学出版部)を読みました。先生は地質学者として世界的に著名ですが、地球46億年の歴史に新しい地質時代「人新世」が原爆の実験・投下の1945年に始まったと説明されています。情報科学、気候変動、生命科学、惑星物理学、社会科学などの重要文献を広く渉猟して人類史の現段階を縦横に論じられており、説得力があります。地球・科学技術・人間の幸せを統合的に考えるべきだというご主張に共感しました。また、先生の学殖の豊かさに感嘆しました。

平氏

平氏:ありがとうございます。

川勝知事

知事:先生は東北大学卒業後、テキサス大学で博士号を取得され、帰国後、高知大学に赴任され、30歳代に「四万十帯」という地層について独創的な研究をなさいました。その成果は名著『日本列島の誕生』(岩波新書)に紹介されています。四万十帯とは、四国の太平洋沿岸から両側、南アルプスから沖縄まで、約1,500㎞の長大な地層群で、その謎を解明した先生の発見が日本列島の土台の解明につながりました。それまでは、日本列島は火山で誕生したというイメージでしたが、日本列島は海底から誕生したことを明らかにされました。
西日本では、フィリピン海プレートがユーラシア大陸プレートに沈み込む南海トラフで海底を巻き上げており、東日本では、太平洋プレートが北米大陸プレートに沈み込む日本海溝で陸地を押し上げています。それら二つの海洋プレートの境界が伊豆・小笠原で、そこに海溝ができ弧状の島々を生んでいます。二つの海洋プレートの沈み込む海溝において、海底の地層が次から次へと巻き上げられて日本列島は誕生した。日本列島の土台は海溝から誕生したのだという学説ですね。

平氏

平氏:そうです、海溝から誕生したんです。川勝知事は完璧にご理解されています。私の代わりに講演ができますね(笑)
実は、この発見も最初は今の川勝知事のような明快な理解として周囲に受け止められていたわけではありません。それで、どうしてそのような考えに至ったのかという話を『日本列島の誕生』で書きましたが、これで初めて皆さんに全体のストーリーが伝わったのではないかと思っています。後半、日本列島からアジア全体、あるいは大陸の起源までさかのぼってアジア全体に演繹したことに関しては、「そこまでやるか」と言われましたが(笑)

川勝知事

知事:『日本列島の誕生』の白眉は、南海トラフ、四万十帯、日本列島の土台を扱ったところですね。高知大学での愉快な逸話や独創的な付加作用の説明など、学問的情熱が滾(たぎ)っています。

南海トラフ巨大地震への防災を変革

川勝知事

知事:先生は四万十帯の謎を解き明かし、日本列島の成り立ちを見事に解明されました。実に素晴らしい貢献です。関連して興味深かったのは放散虫の化石の研究です。

平氏

平氏:地質や化石の研究によると、日本には石灰岩が多く、世界のどの石灰岩よりも純粋な炭酸カルシウムなんです。それが海山の上で出来たサンゴ礁なんですよ。一方、チャートや砂岩・泥岩など石灰岩を取り巻く地層の年代は分かっていませんでした。それを解き明かしたのが放散虫です。

川勝知事

知事:放散虫の化石で地質年代が特定できるのですね。1億年以上の古いもの、秩父帯を作るもの、四万十帯を作る少し若いものなど、赤道の海嶺火山のサンゴ礁で生まれた放散虫の化石群が、海洋プレートの移動によって大陸プレートに沈み込むとき、化石群が巻き上げられて、前の地層に付加して日本列島の土台ができた。付加作用による日本列島の誕生、それが先生の付加体※1の理論です。
付加体理論によって、中央構造線の成立過程が分かり、また、砂や泥のタービダイト※2が石灰岩の地層より年代の若いことも分かりました。富士川の源流の南アルプスの山崩れでタービダイトが洪水で富士川を流れ下り、九州辺りまで800kmも運搬されるメカニズムも分かりました。
南海トラフでのプレートの沈み込みは進行中です。境界がずれると、地震と津波が起こります。原因がよく分かり、地震・津波に備えることに迷いがなくなりました。ありがたいことに、先生は現在、静岡県の東海大学海洋研究所に来てくださった。

※1 海洋プレートが沈み込む場所で形成される地質体
※2 混濁流から堆積した砂質堆積物

平氏

平氏:いえ、逆に、「ちきゅう」が清水港に留まっていられるのは、知事をはじめ、県の皆様のご支援があればこそです。「ちきゅう」は今、南海トラフの掘削が一段落して、掘った孔に挿入した観測装置をケーブルネットワークに接続し、それを西へ広げるということを進めています。今まで、南海トラフに関しては、100年程度の間隔で起こる巨大地震の間の期間は、極めて静穏であり、小さい地震すら起こることがほとんどないという評価でしたが、今回の掘削で、もっと異なったタイプの地震が起こっていることが分かりました。今までは、巨大地震を起こす領域はアスペリティ※3と言って、摩擦によって完全に固着している領域と考えられていましたが、新たな観測によって、その部分が人知れず、周期的に、動いていることが分かったのです。

※3 プレート境界や断層面において固着の強さが特に大きい領域

川勝知事

知事:なるほど。

平氏

平氏:孔を使った計測では、陸地や海底表面の観測では捉えることのできない現象が分かります。固着域が時々スロースリップ※4を起こして、数十%のひずみを、年に1回ぐらい逃がしている。要するに、スロースリップがプレート運動によって蓄積されたひずみの20%〜40%を逃すことにより、ひずみ蓄積量の不均質性、すなわち、ある所だけすごくひずみがたまっていたり、ある所だけスロースリップでひずみが多く解放されているということが起こっています。そういうことが分かってくると、現実の地震の起こり方を詳しくシミュレーションすること、そしてネットワーク観測システムがリアルタイムで地震・津波速報を発信する、ことができるようになると思います。 南海トラフ巨大地震に対しての準備や防災のあり方を大きく変えると思いますね。

※4 地震による普通のプレートの滑りよりもはるかに遅い速度で発生する滑り現象

静岡県は日本の縮図

川勝知事

知事:南海トラフの地震・津波の予測の精緻化は大きな課題です。ところで『人新世』で、プレートの下のマントルが地質学のフロンティアだとあります。マントルの探索も「ちきゅう」でできますか?

平氏

平氏:ぜひやりたいと思っていますが、掘削技術とお金の二つのハードルがあります。最近の国の予算の付け方を見ると、日本経済の短期的な発展やイノベーションについての、役割や投資効果が問われるわけです。南海トラフの掘削は、確かに地震、防災、国民の生命、経済の安全等々で極めて重要ですが、マントルを理解することは、プレートテクトニクスの原動力解明をはじめ、地球を理解する上で最も根幹に関わることであり、科学的には、はるかに大きな問題なんです。科学の根幹からのアプローチが実は短期的な課題への近道であることは多々あります。両面から取り組むべきだと思っています。

川勝知事

知事:同感です。「ちきゅう」は、清水港を母港としており、重要な役割を担っています。十分な予算がついてマントル掘削ができればいいですね。深海には陸上の生命体が入りこんでいるとのことですが、陸上の植物が深海に運ばれて腐植土のような栄養源となって、さまざまな生物を生んでいるとのこと、まだあまり知られていないそうですね。

平氏

平氏:深海という環境にはさまざまあって、知事が言われた陸から大量のものが押し寄せて来る場所もその一つの例です。例えば、駿河湾には富士川の河口に生えているガマやススキのような抽水植物と、山から流れてきた材木や枯れ葉など、陸上の植物などがバンバン流れて堆積し、深海で陸の土壌腐植層と同様な層を作っています。そこでは陸と海起源の有機物は微生物が混合しますが、その生態系の本質は誰にも分かっていないし、考えた人もいない。その現場が駿河湾にあるので、MaOI※5さんと、前回対談された五條堀先生にご協力いただいています。深海がいかにダイナミックな所か、解析を一緒にやって行きたいと思っております。

※5 MaOI機構:マリンオープンイノベーションプロジェクト(海洋産業の振興と海洋環境の保全を両立する「Blue Economy(持続可能な海洋経済)」の世界的な拠点形成を目指すプロジェクト)の中核推進機関

川勝知事

知事:富士川の洪水で巨大なタービダイト層が形成されました。現在、世界各地で異常気象による大洪水が起こっています。その度に陸上の生物が海に流れ込んでいます。富士川の流れ込む駿河湾では、富士川の洪水と深海の生態との関係を間近で観察・分析できますね。富士川の源流の南アルプスに放散虫化石の赤いチャートがあります。「赤石山脈」の名のある南アルプスはまさしく海の産物ですね。

平氏

平氏:はい、南アルプスは海溝で誕生して、3,000mの山になったのですから。

川勝知事

知事:先生の付加体理論によって、南アルプスは南海トラフの海溝から誕生したことがよく分かります。東日本大震災は日本海溝でのプレートのズレが原因でしたが、日本海溝にタービダイトはないのですか。

平氏

平氏:全くないわけではないですけど、少ないです。あるのは、やはり、プレート境界の相模トラフから直結した房総半島の沖合、海溝三重点の辺りぐらい。

川勝知事

知事:フォッサマグナは、東日本の北米プレートと西日本のユーラシア大陸プレートとの境の広い窪みで、その西端が糸魚川ー静岡構造線です。ユーラシア大陸プレート東端ではフィリピン海プレートが沈み込んでいます。これら三つのプレートが駿河湾の近くで出会っています。地球のプレートテクトニクスが最も活発な所で、いわば日本の縮図です。地質学者には最良の研究地域でしょう。先生が東海大学海洋研究所に移られた理由も分かりました。

地質学的安定性を誇る南鳥島(みなみとりしま)

川勝知事

知事:先生は、昨年7月の本県幹部職員向けの講演で、東京から約2,000km離れた日本列島の東端に位置する南鳥島は、複数のプレート境界がひしめいて変動している本州とは違って、太平洋プレート上にあって安定しており、その活用法に触れられました。『人新世』では、原子力の利用と関係させて、1945年の原爆の実験と投下は人為的な地球的自然の改変であり、この年を人新世の開始年とされました。原発がらみでは、静岡県の浜岡原子力発電所では5機のうち1、2号機は廃炉、残る3、4、5号機は長期停止中で、新規制基準への適合性の審査及び安全対策工事を実施中です。また、使用済核燃料の専用プールは1,000体分ほどの空きしかありません。再稼働しても、すぐに使用済核燃料の置き場所がなくなります。使用済燃料の処理方法が日本では確立していない状況下で、南鳥島が日本各地の使用済核燃料の処分地として活用できるというのは、誠に嬉しい驚きです。

平氏

平氏:南鳥島は、太平洋プレート上にある唯一の日本の領土で、周囲6kmの国有地であり、飛行場と国・自治体の駐在員がおります。最大の特徴は地質的な安定性です。地震、火山活動がまず起きない。これは確信を持って断言できます。なおかつ、住民がおらず漁業権など、いろいろな権利が設定されていないから、社会的な課題や影響を最小限に考えて計画を実行してゆくことができる。ここが島であることの特性を生かし、地下へ数kmのボーリングをして、直径数十センチから1mぐらいの孔を開けて使用済核燃料を処分するキャニスターを入れて、セメントで封入することもできます。地質学的にも地球上で最高レベルの安定性があるので、壊れる不安はまずありません。

川勝知事

知事:実に説得力のあるご説明です。

平氏

平氏:最適な核廃棄物処理方法だと信じて疑いません。この他、島の周りにアンカーで固定された洋上浮体施設を造り、発電したり、植物生産工場にしたり、将来予想される海水面が上昇した世界に対する対策を開発するなど、いろんな使い方もできますよね。

川勝知事

知事:先生の頭の中では南鳥島の開発構想ができていますね。日本の使用済核燃料をどうするかという大問題に対する解決策として、注目すべき重要なご提言です。原発関係者をはじめ、広く日本人に知ってもらいたい。

平氏

平氏:徐々に広めていきたいと思います。

川勝知事

知事:南鳥島は、絶海の孤島ですが、国難を救える島ですね。原発の不安解消の役割を担える天恵の島です。そのことがプレートテクトニクスの理論で分かった。これは学術成果の貴重な贈り物です。

平氏

平氏:贈り物です。やはり、プレートテクトニクスの考え方がないと、南鳥島がなぜ安全かということが分からないですからね。

川勝知事

知事:我々が今いる本州はプレート境界が集中しており、現在進行形で活動中の場所ですが、それを免れている所、それが南鳥島であるということは、いくら強調しても足りないほどです。

平氏

平氏:ありがとうございます。何人かにこの話をしましたが、川勝知事ほどリアクションの大きかった方はいませんでした。

川勝知事

知事:万歳!を叫びたくなるほどのお話です。理論と実証に基づいたご提言であり、日本政府は、我が国が誇る世界一流の学者の構想力にもっと学ばねばなりません。本日は誠にありがとうございました。

平氏

平氏:ありがとうございました。

“対談を終えて”

私の地質学的な学説等々をこれほど深く理解されている方は、川勝知事以外いないかもしれないです。さまざまな物事を大きな構図として捉えられていることに、私の方が教えられましたし、感動しました。(平氏)

平先生の南鳥島のお話は日本の原発を救うものです。モデルケースを日本が提供できれば、世界に誇れる提言にもなります。地質学のフロンティアは日本にあると確信できて、実に愉快でした。(知事)

『人新世』
科学技術史で読み解く人間の地質時代
平 朝彦 著(東海大学出版部刊)

静岡県知事
川勝 平太
1948年生まれ。京都市出身。早稲田大学、同大学院を経て英オックスフォード大学で博士号取得。早大教授、国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学学長などを経て2009年より現職。現在4期目。

東海大学海洋研究所長
平 朝彦
宮城県生まれ。東北大学を経てテキサス大学で博士課程修了。高知大学助教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構の地球深部探査センター長を経て理事長を歴任。2020年より東海大学海洋研究所長。『日本列島の誕生』『人新世』ほか著書多数。

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