知事対談 総合情報誌ふじのくに

日本の聖地を世界へ

2023(令和5)年3月

文部科学省は、日本の文化芸術を世界に発信する国際イベント「東アジア文化都市」の今年の「日本の文化の顔」に、静岡県を選んだ。
川勝平太知事(74)は、最高顧問に元文化庁長官の近藤誠一さん(76)、同県富士山世界遺産センター館長の遠山敦子さん(84)、元東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の橋本聖子さん(58)の3氏を任命。政治的な対立を超え、中国、韓国の各自治体との文化交流によって、日中韓の相互理解を深めるとともに、県と日本の魅力を多様な形でアピールしていく意向だ。
川勝知事と近藤元長官が、富士山を遠望できる日本平夢テラス(静岡市清水区草薙)で、その意義や抱負を語り合った。

司会は毎日新聞客員編集委員、認定NPO法人富士山クラブ事務局長の七井辰男、写真・山田茂雄
本文および写真(一部除く)は毎日新聞より転載 2023年2月23日付 対談日:2023年1月16日

静岡市清水区草薙の日本平夢テラスで

「東アジア文化都市」静岡 その意義は

—今年は、日本の文化芸術を世界に発信する「東アジア文化都市」発足10年目、富士山の世界文化遺産登録からも10年という節目の年を迎えます。

川勝知事

知事:近藤さんがこの両方に深く関与されたことに敬意と感謝を申し上げます。世界文化遺産登録にあたり、富士山と三保松原が文化的に一体である、と説得されたのが当時、文化庁長官だった近藤さんでした。また、欧州文化首都をベースに日本、中国、韓国の文化のつながりを強めようと、両国を説得されて東アジア文化都市の実現に汗をかかれたのも、近藤さんでした。

世界的にも有名な富士山と比べ、東アジア文化都市は、認知度が低い。昨年暮れに閣僚と全国の知事が意見交換する場があり、当県が引き受けた話をしたら、誰も知らない。しかし、永岡桂子文部科学相が、これは当省の中核事業ですと言われ、すごく大事にされていることがわかりました。今はウクライナ戦争をはじめ中国と米国が敵対関係にあるなど難しい状況ですが、静岡県が日本の文化の顔、いわば「文化首都」として平和を発信するという重大な使命を担うことになりました。

近藤氏

近藤氏:いずれも決まった現場に私がいて、10年で、それぞれが非常に意味のあるプロジェクトになりました。文化都市について言えば、政治や経済というのは、いい意味では競争、しかし、行き過ぎると敵対関係になりがちです。しかし、文化に関する限りは、違いはお互いに学び合い、互いに高めあう性格のものです。

2011年に奈良の日中韓文化相会合で日本が提案をして即座に両国からOKの返事をいただいた。ところが、直後に尖閣諸島の国有化問題が起きた。中国が、かんかんに怒って大騒ぎになり、もう駄目かなと思ったら、14年に無事スタートしたんです。

東アジアは、3国を合わせて国内総生産(GDP)でも25%ですから、そこが争ってはいけない。世界を文化でつなごうという動きが、政治的な紛争が絶えない東アジアで、無事にずっと続いて10年間、政治問題による中止や停止、延期が一切なかったというのは、本当に勇気づけられる実績ではないかと思っています。しかも10年後に最も尊敬する川勝知事の静岡県で両者が交わったということは、夢のような気持ちでおります。

—東アジア文化都市に川勝知事はどう取り組まれ、世界に発信されるお考えですか。

川勝知事

知事:日中韓の文化交流とともに、富士山を中心とした日本の文化の魅力を見せたいと思っています。これも近藤さんのご功績ですが、世界文化遺産登録の際、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」と名称をつけた。スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラやサウジアラビアのメッカのような聖地であり、信仰の対象であるだけでなく、芸術の源泉というわけです。

富士山は日本の国土のシンボルであり、この地位は世界遺産になることによって国際的に認められました。富士山は美しい。そして活火山ですから、畏敬(いけい)の念を抱かせるとともに、常に自然災害に備えなさいよという危機管理も促す。初冠雪や富士見の季節、春霞(がすみ)、雪解け、登山シーズン、四季の変化を知らせる自然の気象台でもある。同時に富士山の湧水(ゆうすい)などによって、静岡県は日本最多の339品目の農産物が育つ。水は駿河湾に注ぎ、多くの海産物も生まれ、食の恵みの源でもあります。

どこから見る富士山が一番いいと聞いたら、それぞれが違う展望場所を選びます。富士山はその全てを受け入れる。多様性の大いなる和、まさに大和(ヤマト)です。「富」は豊かさを、「士」は、3人の最高顧問のような立派な人材のことです。貧困を克服し、人材を育てなさい、というメッセージも送っています。

生活に生きる自然観

—静岡県での開催について、どんな点に期待されていますか。

近藤氏

近藤氏:思想家であり、歴史家でもある知事が陣頭指揮を取られるので、静岡県の文化や経済の振興はもちろん、世界を視野に置いた東アジア文化都市として日本の文化をアピールする橋頭堡(きょうとうほ)になっていただけると大いに期待しております。

特に10年前よりも一層、日本の文化が大事だと思われるのは、自然観というか、自然と生命というものをどうみるかという点です。西欧の自然科学というのは、自然を外部から見て、観察をして仮説を立てて実験をして、その通りになれば、それが真実だと決めてしまう。自分と自然とは主と客で、二元論なんです。自然はあくまでも物であり、機械であるととらえて、自然の持つ生命力というものを分析できないんです。

一方、古代のギリシャ人も日本人もそうですが、人間は自然の一部であるとみる。自然を内から直感的に見るという伝統があって、欧米の人にはなかなかわかりにくい。しかし、今の文明による自然破壊を見ていると、西欧のように自然を自分とは違う異質な物だと分析して、資源として使うという発想では、自然破壊は止まらないと思います。ですから、日本的な自然観を大いに世界に打ち出す絶好のチャンスだと思うし、その必要性は今、ますます高まっていると思います。

川勝知事

知事:富士山は標高が3,776メートルで、冬の山頂は氷点下40度にもなり、寒帯に近い。一方、伊豆半島は川端康成が「南国の模型(モデル)」と書いたように亜熱帯に近い。亜寒帯の北海道から亜熱帯の沖縄までを、伊豆半島と富士山が表している。日本列島の縮図です。まったくの熱帯、寒帯だと、住みにくい。みんなが住みやすいところに列島がたまたま南北に広がっている。だから地球的自然のいわばミニチュアだと。そのミニチュアの中のミニチュアである「ふじのくに」が、そういう意味の全体性を部分の中に宿しています。静岡県の位置関係を見ても、東洋の文明、西洋の文明をそれぞれ入れ込んだ京都と東京の真ん中にあり、両文化を融合したところでもある。

日本を世界に発信する際には、近藤さんが言われた自然観が大切です。日本には、縁側と庭や茶室に見られるように、自然との調和を重んじる文化が生きています。教会は西洋では家の外にありますが、日本では仏壇や神棚は家の中にあります。芸術、宗教、美的なものが日常の生活文化の中に入り込み、溶け込んでいます。

私は文化の顔という場合、衣食住の生活文化を基礎に考えないといけないと思います。特に食が大切です。和食でなく、「和の食」です。和は足し算で、中華、韓国、イタリア料理のほか、いろいろな食文化が日本では楽しめます。日本の生活文化の顔を静岡から発信したいと思います。

—知事は、文化都市開催についてコロナ禍などを踏まえ「若い人たちに希望を与えるようなプログラムを組みたい」と言われました。お二人に内外の若者たちへのメッセージをお願いします。

川勝知事

知事:美しいものへの感動は誰もが持っているので普遍的です。美しいと感ずる心は神から人間への贈り物ではないかと思います。静岡県は、国籍・文化・宗教の違いを超えて、人々を魅了する地域資源に恵まれています。富士山は、文化的景観として借景で、いわば庭の一部です。富士山には、月見草も梅も桜もツツジも、どの花も似合います。皆様も、富士山に似合う華のある人生を送ってください。富士山も喜ばれると思います。

近藤氏

近藤氏:今は、ポスト真実の時代と言われています。一部のメディア、とくにSNSは真実だけを伝えるんじゃなくて、相手にアピールすること、相手の感情を揺さぶることを流し、それがあふれている。ばらまく力が強いだけに何が本当かわからない。それに惑わされずに、何が人生にとって、自分にとって一番大事なのか、真善美は何かと考えるときに、富士山は、それを教えてくれると思うんです。
富士山は一つの真実、アイデンティティーの礎となるものを持っています。移り行くけれども美しさはずっと残っている。当然、何が善かということも、そこからにじみ出てくる。富士山は真善美のシンボルだし、ポスト真実の時代に自分が依拠すべき一つの大事なポイントであり、ほかの世界遺産とは違うんだということをぜひ強調しておきたいと思います。

対談者プロフィール

静岡県知事
川勝 平太
1948年生まれ。京都市出身。早稲田大、同大学院を経て英オックスフォード大で博士号取得。早大教授、国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学長などを経て2009年から現職。現在4期目。著書に「文明の海洋史観」など。

元文化庁長官
近藤 誠一
1946年、神奈川県出身。東京大卒業後、72年外務省入省。ユネスコ大使、文化庁長官などを歴任。2013年、近藤文化・外交研究所設立。三保松原文化創造センター・みほしるべ名誉館長、富国有徳の美しい“ふじのくに”づくりリーディング・アドバイザーを務める。

FacebookTwitterLine

総合情報誌「ふじのくに」とは

ふじのくに 最新号を読む
冊子配布ご希望の方

ご希望の方に配布しています。
ご住所、ご氏名、希望の号数を明記のうえ、140円分の切手を同封してご送付ください。
ーーー送付先ーーー
〒420-8601静岡県広聴広報課「ふじのくに」担当あて
(品切れの際はご容赦願います)

「ふじのくに」に関するお問い合わせ:

fujinokuni@pref.shizuoka.lg.jp