知事対談 総合情報誌ふじのくに

武道の心 静岡から発信 世代間交流を大切に ツーリズムに生かす

静岡県は、「東アジア文化都市」の事業の一環として、
武道の精神を世界へ発信するため、昨年11月に武道シンポジウムを開催した。
パネリストとして参加した関西大学教授で武道家のアレキサンダー・ベネットさんと
川勝平太知事が、武士道精神や武道ツーリズムについて語り合った。

聞き手は毎日新聞客員編集委員・七井辰男、写真・山田茂雄
本文および写真(一部除く)は2024年3月15日付毎日新聞より転載
対談日:2024年1月23日 場所:静岡県庁知事室

シンポジウムでは、登壇した顔ぶれも話も素晴らしく、感銘を受けました。
なぜ武道に注目したのでしょうか。

川勝知事

知事:海外で武道は大人気です。武道人口は海外で5000万人、日本で250万人といわれます。中学では必修科目、高校では選択科目ですが、残念なことに、日本では伸び悩んでいます。
武道には、弓道が典型的ですが、形の美しさと精神性があります。武道は、稽古(けいこ)によって、技と精神性を身心に刻み込んでいく道です。海外の武道人気を知る初代観光庁長官の本保芳明さんに相談した折、「武道ツーリズム」の可能性を話され、まず手始めに、武道家の国際シンポを提案されました。それを室伏広治スポーツ庁長官に伝えたところ大賛成で、豪華メンバーになりました。シンポ司会の矢野弘典さんは横綱審議委員会委員長を務めた縁でモンゴルまで出向いて元・横綱日馬富士さんの快諾を得られた。相撲・剣道・柔道・空手・合気道の名人が勢ぞろいして、それぞれ味のあるお話をご披露いただき、本物の武道の心を直接聞けました。

ベネットさんも登壇者の一人として武道や武士道、現在の武道教育の問題点などについて話しました。

川勝知事

知事:ベネットさんは一言でいうとニュージーランドの宮本武蔵です。剣道、居合道、なぎなた、銃剣道、短剣道などの有段者で、計32段! シンポの基調講演で「武士道は内外で通用する」と話された笠谷和比古さんと(私とも)国際日本文化研究センター(京都)のかつての同僚の学者でもあります。武蔵の「五輪書」を英文に訳して、剣道の極意を海外に紹介されています。

ベネット氏

ベネット氏:はい。17歳の時に交換留学先の千葉県の高校で剣道を始めたのですが、宮本武蔵の言葉が道場に掲げられていました。意味も全然わからなかったんですが、毎日稽古が始まるときに、大きい声でそれを読み上げました。
1年間やって、毎日死ぬかと思うぐらいの激しい稽古でした。最初はあまり好きじゃなかったんですが、やればやるほどはまってしまった。勝ち負けだけじゃなくて、より深い哲学的な部分とか思想が潜んでいることに気づいたからです。
でも、顧問の先生が稽古の後に武道精神や武蔵に関する話をされても全然わからない。面白いことにそれをずっと継続することで、後から見えてくるものがあります。武蔵が言う「鍛と錬」です。「鍛」は千日の稽古、「練」は万日の稽古です。基本を覚えるのに3年ぐらいかかると千日。万日は30年ぐらいです。

再来日したのはどうしてですか。

ベネット氏

ベネット氏:1年の留学後に母国に帰り、やっと剣道から解放されたかと思ったのですが、剣道中毒みたいな感じで落ち着かないんです。そこで、向こうで剣道の同好会を立ち上げたら、いろんな人が見学に来ました。「武道精神」をもっと知りたいと。当時は18歳で初段しか持ってないので、聞かれてもわからず、いろいろごまかしてやってたんですが、当時、ものすごく刺激になったのが、吉川英治の「宮本武蔵」であり、五輪書でした。修行のロマンというものはこれだなと思ったんですね。これは、日本に戻ってちゃんとみんなの期待に応えられるような経験や知識を得ないと駄目だと思い、もう1回日本で武者修行をしてこようと考えました。

川勝知事

知事:シンポで日馬富士さんは、得意の速攻や優勝の思い出話はなくて、もっぱら礼節の話でした。相撲道をモンゴルに伝えたいとウランバートルに学校を創設し、子供たちに教えているのはあいさつ、感謝の気持ち、先輩に勝ったときの「恩返し」の心得など、もっぱら礼節の大切さを説かれて、感服しました。
(シンポの)始まる前、彼は一礼して窓際に行くと富士山を身じろぎもせず仰ぎ見ていました。彼は画家でもあります。富士山と心を通い合わされているように見受けましたが、その心身一如の姿は美しかった。

剣道の試合に臨むベネットさん=本人提供

武道家には勝敗を超えたたたずまいというか、美しさがありますね。

ベネット氏

ベネット氏:武道というのは、本当の戦いです。生きるか死ぬかの世界から生まれた文化だから、すごい緊張感がある。しかし、戦いをしていくうちに、相手との独特な絆というか、思いやりが自然にわいてきます。
私は武道精神とスポーツマンシップはほぼ同じものだと思っています。対照的なのがゲームズマンシップです。これは、とにかく相手をだましてでも勝つ、反則ぎりぎりのところで勝負する。武蔵も最初はこれだった。巌流島の決闘もそうですが、「それまで六十数回、真剣勝負の決闘をして、負けなし。これは運が良かったか相手が弱かったからで、これは兵法の道でも剣の理でもない」と五輪書に書いています。
修行を重ねると、「兵法家伝書」(江戸時代の柳生宗矩(むねのり)の著書)で言う「殺人刀(せつにんとう)」から「活人剣(かつにんけん)」に変わっていきます。相手に向ける刃は同時に自分に向けられた刃でもあります。自分の中の悪を斬り払うのが、本物の武道だということです。

川勝知事

知事:兵法の古典は孫子で、巨細にわたって、戦争の必勝法を論じています。宗矩の兵法家伝書も武蔵の五輪書も必勝の極意を記しています。共通点はありますが、違いもあります。孫子の兵書は集団向けであり、近世日本の武道書は個人向けです。武士道も個人の規範です。ゲームズマンシップの時代の宮本武蔵は勝って、勝って、勝ち抜いて、その果てに精神の転換があった。五輪書は、地・水・火・風・空の五巻からなり、地水火風という現象世界のあと、空という勝敗を超えた境地で結ばれています。
昨年はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本が優勝しました。大谷翔平選手を擁する「侍ジャパン」はダッグアウトを、サッカー日本代表の「サムライブルー」は(ワールドカップで)試合が終わるとロッカールームをきれいにして帰った。サムライ・武士道・武道は三つとも世界に通じる日本文化です。

武道の聖地づくりに向けてどう取り組んでいきますか。

ベネット氏

ベネット氏:日本文化には、アニメとか和食とかいろいろありますが、武道が国際的に一番普及に成功していると思います。武道の国際普及は100年以上の歴史があり、愛好家も競技人口も海外の方が多い。外国人から見ると、日本イコール侍イコール武道というイメージが強い。私も初めて日本に来たとき、日本人はみんな黒帯を締めていると思っていました。
海外では、日本武道とその考え方、その心が注目され、求めている人がいっぱいいます。日本に来ることが夢なんです。静岡県が侍ツーリズム、武道ツーリズムに力を入れて、そういう機会を作れば、めちゃくちゃ来ると思います。
しかしその前に、日本国内の武道教育にも、もっと力を入れないと駄目だと思います。
国内には武道離れ現象があり、その土台をしっかりと固めないといけません。静岡に来てもらい、武道精神とは何なのか、なぜ海外でそんなに求める人がいるのかを考え直すきっかけになればとてもいいことだと思います。真の国際化を目指し、伝統文化の良さを伝えていくために、日本の若者に実際に武道を実践してもらうのも大切だと思います。

川勝知事

知事:「サムライ」といえば、日本の男のイメージが強いですが、男だけのものであるはずがありません。男の子が侍の子なら、その母親もまた、侍の心を持っています。巴御前(源義仲に仕えた女武者)の勇猛ぶり、明智光秀の娘の細川ガラシャの辞世「散りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花なれ 人も人なれ」の潔さなど、日本人は男女で武士道文化をつくってきました。柔道、空手、剣道、合気道など、いずれの武道でも、ジェンダーを超えて取り組んでいくという切り口が必要です。

ベネット氏

ベネット氏:おっしゃる通りです。大学の弓道部やその他の武道も女性が非常に多いです。武道はジェンダーレスにしないと駄目ですよね。もう一つは、各地域で武道をやっているのは、年配の方が多いです。人生経験も技術もある。そういう世代間のコミュニケーションがだいぶ欠けてきているように思います。武道には引退がないので、子供だけじゃなくて、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に取り組むことができれば、武道の豊かさを示す場になると思います。

対談者プロフィール

静岡県知事
川勝 平太
京都市出身。早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。オックスフォード大学で博士号。専攻は比較経済史。早稲田大学政治経済学部教授、国際日本文化研究センター教授などを経て2009年から静岡県知事、現在4期目。「富国有徳論」「楕円の日本 日本国家の構造」など著書多数。趣味は「自然の中の散歩」。

武道家
アレキサンダー・ベネット 氏
ニュージーランド出身の武道学者。関西大学教授。専門は日本思想史、日本文化論、武道に関する研究。剣道教士七段、なぎなた五段、居合道六段、銃剣道錬士六段、短剣道錬士六段を取得。著書に「真訳 五輪書」「日本人の知らない武士道」など。「BUSHIDO EXPLAINED」など英文の著書、翻訳書も多数ある。

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