静岡の未来、創造 総合情報誌ふじのくに
静岡の茶草場農法 世界農業遺産認定10周年
「美しく持続可能な農業」であり続けるために
静岡県の主要な作物である一方、日本の文化や歴史を語る上で学術の対象にもされるお茶。
認定地域の掛川市・菊川市・島田市・牧之原市・川根本町では
良いお茶を作る伝統農法と農家の努力が、生物多様性の保全に結びついている。
本県のもう一つの世界農業遺産「静岡水わさびの伝統栽培」とともに、世界農業遺産の価値を紹介する。
認定地の一つである掛川市東山地区は深蒸し茶で有名な茶の名産地。茶畑の畝間に乾燥させた草を敷く伝統農法「茶草場農法(ちゃぐさばのうほう)」が160年以上前から受け継がれている。農業は生産性を追う中で自然環境と背反しがちだが、生物多様性を保つ持続可能な農業が営まれていることが評価された。2013年に世界農業遺産に認定され、10年の節目を迎えた。
「大事なのは生きた土づくり。草を刈敷くことでふかふかの土になる。水持ち、水はけが良くなり、土壌や肥料の流出も防ぎます」。そう教えてくれたのは、東山地区で茶農家を営む田中鉄男さん。
「もともと地元では茶園の周りにある草地は“草刈り場”と呼んでいました。茶草場というのは専門家の先生による造語です」
昔からの当たり前の仕事がサステナブルだった
自然環境調査により当地区の希少な動植物は知られていたが、水田転作事業の確認調査を機に研究者が注目。2010年に生物多様性条約締約国会議(COP10)で茶草場農法の事例が発表されると世界の研究者から高い評価を得た。ススキやササを主とする茶草は光合成により大気中の二酸化炭素を有機物に固定するため、カーボンニュートラルにもかなうとされる。草地に人の手が入らなくなると生物多様性が低下してやがてやぶや森になっていく。
「農家にとっては普段の作業。皆、一体何がすごいのかよく分からなかったのですが、毎年の草刈りが環境を守ってきたと次第に認識するようになりました」
岐路に立つ茶草場農法を次の世代へ
しかし今、茶草場農法は岐路に立っている。田中さんによると、ここ10年間でこの地区の茶農家のうち4割にあたる29戸の農家が茶栽培をやめた。リーフ茶の需要の減少・茶価の低迷・手間のかかる重労働・高齢化と後継者不足という負の連鎖がその理由だ。放置された茶園や茶草場も見受けられる。
「茶草場農法の付加価値を顕在化させて次の世代に引き継ぎたい。体験ツーリズムにも積極的に取り組んで、おいしい緑茶と茶草場農法の魅力を伝えていきます」
世界農業遺産
国連食糧農業機関(FAO)の認定制度。伝統的な農業・林業・漁業によって育まれ維持されてきた土地利用の技術や文化風習などを、世界的に重要なシステムとして一体的に認定。生物多様性の保全や持続可能な農林水産業の実践地域とし、次世代への継承を図る。世界26カ国、86地域、うち日本は15地域が認定されている(2023年11月現在)。
茶草場は生き物の宝庫 地域の固有種や絶滅危惧種も生息
茶草場で育つ草地植物は300種以上。毎年晩秋に行われる草刈りと搬出作業が、茶草場を多様な生物が共存する特別な場所にしている。
世界農業遺産 日本農業遺産 静岡水わさびの伝統栽培
静岡県はわさび栽培発祥の地。400年以上前に現在の静岡市葵区有東木地区で栽培が始まったとされている。その後、伊豆地域で「畳石式わさび田」が開発され、その栽培技術が静岡県内に普及した。豊富な湧水を利用した持続可能な農法として、2017年に日本農業遺産、2018年に世界農業遺産に認定。静岡県は水わさびの栽培面積および水わさび根茎の生産量が全国1位となっている。