フカボリ
いじめ・不登校・暴力行為・・・教育現場の課題と向き合う(後編)-全国平均よりも高い不登校率からの改革-
2023年5月15日
「子どもに楽しく学校に通ってもらいたい、健やかに成長してほしい」といった保護者や地域の方々の思いに応えるために、教育現場は、今、どうしているのか・・・。後編では、不登校率が全国平均よりも高かった富士市立田子浦中学校において、「不登校率が減少し、9割の生徒が学校生活を満足」と答えるようになった改革の取り組みをご紹介します(取材:令和5年3月末)。
目次
- 全国平均よりも高い不登校率・・・
- 今のままでは変わらない。とにかく何でもやってみる。
- コロナ禍だからこそ、できることを-生徒発案の蒼波祭の開催へ-
- 生徒みんなの力を合わせてギネスに挑戦!
- 学校で好きなことができる!『〇〇の日』
- 『自分から』のその先へ
1 全国平均よりも高い不登校率・・・
田子の浦港の程近くに富士市立田子浦中学校はあります。全校生徒は約400人、学校区内には、大企業や複合商業施設、新幹線の駅などを抱える立地環境にあります。富士市内の小中学校において小中一貫教育の検討が進められる中、田子浦中学校区には小学校が田子浦小学校の1校しかありません。他校が複数の小学校区から一つの中学校区になるのに対して、小学校から中学校まで、同じ仲間で学べる恵まれた教育環境にあります。そんな田子浦中学校でも、不登校率は全国平均よりも高く、年々増加・・・。当時の状況を稲垣浩人先生(令和元~4年度 同校校長)に伺いました。
「地域、保護者も田子浦中学校への理解は高く、生徒は授業をしっかり聞きます。でも、学年が上がるにつれて、不登校になる生徒は増える一方でした。不登校の生徒が学校に復帰できるようになっても、ほぼ同数の生徒が新たに不登校になる状況でした。
生徒が中学校になると、近隣の複数の小学校区から一つの中学校に通うことが大半です。小学校で培われた人間関係から一旦リセットされ、新たな人間関係が生まれますが、田子浦中学校区には、田子浦小学校の1校のみ。9年間に渡って人間関係を深められる利点がある一方でちょっとした失敗や嫌な出来事、何気ない会話、周囲の期待に応えられないジレンマなどがきっかけで自分を塞ぎこんでしまい、不登校になってしまうことも。コロナ禍により生活環境の変革が求められるタイミングで赴任し、学校をなんとかしたいと思っていたところ、『魅力ある調査研究事業(文部科学省)』を知り、令和2年度に手を挙げることにしました」
2 今のままでは変わらない。とにかく何でもやってみる
「不登校を減らすには、今、不登校の生徒の復帰に向けたフォローとともに、新たに不登校になってしまう生徒を減らすこと。不登校の未然防止に取り組む必要があります。そこで、まず、学校がどんな場所だったら毎日来たいと思うかを考えました。必要なものは、生徒一人一人の居場所と生徒間の絆。学校が楽しい場所であれば、毎日行きたいですよね。学校にその生徒の居場所を作るのは教員の役割。絆を深めるのは子ども達。まずは、学校の居場所作りに取りかかりました。必要だったのは、教員の意識改革です。教員自身が学校は楽しいと思えれば、それが生徒へも波及していきます」
ここで稲垣校長先生から質問を受けました。
「小中学校には、それぞれ教育目標があります。小中学校の時の教育目標って覚えています?」
小中学校の校歌・校訓は、薄らと覚えていますが、教育目標まではまったく記憶がありません・・・。
「校訓を覚えている人はいるかもしれませんが、教育目標を覚えている人ってなかなかいないと思います。教育目標は、生徒にこう育って欲しいという思いを込めるものです。今の田子浦中学校の教育目標は「自分から」。生徒には、教員や地域の人に言われて動くのではなく、自分が何をしたいか、どうなりたいのか、を考えて、率先して動く人になってほしい。自分から一歩踏み出さなければ変わりません。一歩踏み出すことで見える世界も変わります。だから、自分から一歩を踏み出す勇気を持ってもらうことを願って『自分から』にしました」
-魅力ある調査研究事業に取り組み始めた当時(令和2年度)、生徒さんのご様子はどうだったのでしょうか?
「当時から素直な生徒が多かったです。教員の話も地域の人の話もしっかりと耳を傾ける。でも、自ら考えて動くということがありませんでした。人から言われたことをやるよりも、自分で考えてやっていく方が楽しいですよね。『その楽しさを深める=学校を自らが居心地のよい場所にすること』につながります。そこでシンプルにわかりやすく『自分から』という教育目標に設定しました。この目標は教員、生徒に加え、地域の方々にも浸透しています。また、田子浦小学校も同じ教育目標です。同一学区内に1つの小学校、1つの中学校だからこそできることでもあります。小学校の時から、『自分から』踏み出していくことは重要ですから」
令和2年度から、新たに『自分から』という教育目標を掲げ動き出した田子浦中学校。しかしながら、生徒の心に火をつけることはなかなか難しかったそうです。一つのきっかけになったのは、修学旅行。同行した稲垣校長先生は、他県の生徒が色とりどりの靴を履いているのに対して、自校の生徒は白一色。生徒に、「他校の生徒は、好きな色の靴を履けてうらやましいと思わない?」と聞いてみても反応は乏しく・・・。
それからしばらくして、生徒会から校則見直しが議題に上がり、靴の色が検討されることに。生徒から声が上がったことに、稲垣校長先生はとても嬉しかったそうです。
靴の色をどうするか、生徒会が全校生徒に対してアンケートを実施したところ、結果は賛成と反対に二分する形に。賛成意見としては、「これからは個人の個性、考え方が重視される時代。一人一人の考えて歩んでいく力が必要」。反対意見としては、「これまでの伝統や生徒意識の統一感の欠如につながる」といった声があったそうです。「最終的には、うまく行かなかったら戻せばいい。やってみたら」という稲垣校長先生の後押しにより、校則(靴の自由化)の見直しが議決されました。
-教員の方々も賛同していたのですか?
「色々な声がありました。体育教諭からは、『走るタイムが遅くなるから、体育の授業は白靴にして欲しい』という声もありました。でも、走ってタイムが遅くなったら、自分から靴を代えるでしょ。そういう失敗も経験ですから。失敗をさせ、その失敗から学ぶ。生徒には、『安心して失敗して。失敗しても大丈夫』と話しています。教員には、『失敗した後のフォローをしっかりと対応しよう』と言っています」
3 コロナ禍だからこそ、できることを-生徒発案の蒼波祭の開催へ-
「新しい自分になるには、リセットが必要です。この事業の取り組みを始めたのはコロナ禍の令和2年度でした。日常生活においても、これまでをリセットしなければならない時。これはチャンスと考えました。『コロナ禍だからできない』、ではなく、『コロナ禍だからこそできることを考えよう』と言い続けました」
他校が運動会を見合わせていたとき、生徒から出てきた案は、『高校のような学園祭をしたい!』という声でした。
「教員が思ってもみなかった意見だったので、嬉しかったですね。結果がどうであっても、生徒の『自分から』に任せ、見守る。『上手くいった。成功した』という結果ばかり目が行きがちですが、生徒にはその過程を楽しんでもらいたいと思っています。考えることは楽しいこと。それはこの先の人生でも通用することですから」
生徒発案により蒼波祭(そうはさい)と名付けられた学園祭。全校生徒が5つの部門に分かれ、当日までの半年間、1、2、3年生が一緒に活動します。生徒一人一人に役割が与えられるそうです。
「『自分から』考え動いていくと、他の生徒の力を借りなければできない部分が出てきます。協力者が一人二人と増えていき、結果として、一つのチームとして取り組んでいく。『自分がいないと困るから学校に行かなきゃ』という流れが自然と生まれていきました。生徒に任せた活動ですので、教員も当日まで何をやるのかワクワク、ドキドキしています」
4 生徒みんなの力を合わせてギネスに挑戦!
蒼波祭では、ギネスにも挑戦したそうです。
「ペットボトルのキャップを13万個集めるとギネスになることがわかりました。ただ集めるのではなく、ペットボトルのキャップを使って絵を作ろう、と。生徒ならではですよね。最終的には15万個のキャップが集まり、絵を作っていたのですが、この年、絵は完成しませんでした。絵に必要な色のキャップが足りませんでした」
製作途中で、キャップの色が足りないと気付いた教員もいたそうです。生徒に言うべきか言わないべきか悩まれたそうですが、最終的に見守ることを判断。生徒自身で気付くことを選択。足掛け2年かけてペットボトル絵画を完成させ、蒼波祭で披露した後、生徒さんたちはすぐに取り壊したそうです。
「もう少し飾っていてもいいなぁと思っていました。生徒に理由を聞くと、『僕たちの心の中にしっかりと残っていますから』と。また、製作している際に使ったのは木工用ボンドではなく、のり。ペットボトルキャップをワクチンに変えることを見据えてのものでした。これも生徒の発案です」
現在、ワクチンにかえるためにペットボトルのキャップからのりを落とす作業に取り組んでいるそうです。
5 学校で好きなことができる!『〇〇の日』
生徒の居場所と絆が生まれる田子浦中学校の一大行事となった蒼波祭。その他にも、生徒の居場所づくりにつながる取り組みの一つが、月に1度設定される『〇〇の日』。
「学校に行って、自分がやりたいこと・好きなことをやっていい時間があったら楽しいだろうなぁと思いました。そこで月に1度、何をやってもいい『〇〇の日』を作りました。通常授業を行い、給食を食べた後は、下校となります。本来この時間は、不登校傾向がある生徒のために考えた時間です。土日休んだ後、「あー月曜日学校行きたくないな…」と思った生徒が、「午前中行けば休めるな。だったら学校に行こうかな」と思うのではないかと設定しました。もちろん帰宅後、一人で時間を過ごしても、友達と一緒の時間を過ごしてもかまいません。好きなことをやってよい時間です。この時間は、教員も好きなことをしていい時間にしており、学校を離れてもいいし、体力づくりをしてもいいし、みんなが好きな事をしています。教員同士のコミュニケーションの時間にもなっているようです。私もこの時間を使って、数人で高校への視察を行いました」
稲垣先生の改革はさらに続きます。
「『〇〇の日』では、その時間に何をしようか考える必要があります。自分を自分自身で管理していく必要があります。田子浦中学校では、生徒一人一人にスケジュール手帳を渡しており、そこに『○○の日』にやりたいことを記入しています。このスケジュール手帳は、大人が使っているものと同じです。日々の予定を生徒自身が書き込んで積み上げていく。授業中も持ち歩きます。スケジュール管理は大人になっても大切ですから。
また、スケジュール手帳の導入により止めたこともあります。それは、通信表への所見欄。通信表って、ずっと持っている人はいない思います。でも、生徒自ら、その時々のことをつづってきた手帳は大切に取っておくと思います。通信表の所見欄をなくす代わりに、スケジュール手帳に担任のコメントを記すようにしました。担任によっては定期的に生徒のスケジュール手帳を見ています。その際にもコメントが添えられます」
生徒にとってスケジュール手帳は、単なる思い出を記したものではなく、担任の先生からの思いが詰まった宝物。日々過ごしていると、いいときもあれば、時には下を向きたいときもあると思います。その時々に担任の先生からつづられた言葉は、卒業後もきっと、新しい一歩を踏み出す励ましにもなると思います。
6 『自分から』のその先へ
生徒が自立していくために何をしていけばよいのか、どんなフォローができるかといった発想から生まれた取り組みは、総合学習の時間を利用して、地域や地元企業と連携した探求活動にも発展しています。『自分から』という教育目標を下に、コロナ禍だからこその改革が行われた田子浦中学校。この間も生徒・教員は入れ替わり、毎年、新たな田子浦中学校が始まっていきますが、不登校率は年々下がっていきました。未然防止への対応が着実に実を結んでいます。
稲垣校長先生もこの春を持って、ご退職。最後に今後の田子浦中学校について伺いました。
「私はこの春、田子浦中学校を離れます。また、教員の入れ替わりもあります。でも、心配はしていません。3年間培ってきた下地がありますし、田子浦小学校とも連携して、この地域一帯が『自分から』という教育目標を理解し、取り組んでいます。生徒に、学校満足度のアンケートを取ったところ、9割が満足と答えました。これは、満足、やや満足、やや不満、不満の4項目があり、満足と答えた生徒のみの割合です。やや満足を含めると、99%。教員の満足も高いです。
生徒と教員の笑顔をもたらしたいなぁと思ってこの3年間取り組んできました。生徒たちに『自分から』を促す一方で、教員たちにも『失敗しても大丈夫。しっかりフォローする』という意識付けをしてきました。その成果は目に見えてきており、特別活動では『自分から』が出せるようになってきました。今後は、授業で『自分から』が出せるようになっていくことを期待しています。私は退職しますが、生徒、教員、地域に浸透しているので安心して託せます」
田子浦中学校を全国No.1の中学校にしたいという思いを持って赴任された稲垣校長先生。コロナ禍だからこそ、それをチャンスととらえ、生徒と向き合った3年間だったそうです。
「取り組み当初は、教員の中にも賛否両論ありました。教員それぞれ、生徒に向き合いながら思ってきたことが違うので当然です。でも、子どもにとって居心地のよい場所を作る責任は学校にあり、不登校率の高さという課題がある中、これまでのやり方を変える必要がありました。信念を持って言い続けた結果、学校全体で取り組んでいこう、という意識が醸成されていきました。
先日、魅力ある調査研究事業を所管する文部科学省の担当者が来校しました。その際に、『田子浦中は全国一ですか?』と聞いた教員がいたんです。担当者は『間違いなく全国一です』と。赴任してきた時の思いは達成できたかなぁと思っています」
生徒が中学校を卒業する15歳になったときに、どういう姿になってほしいかを思い描いて定めた教育目標『自分から』が、生徒、教員、地域にも浸透し、生徒たちの居場所と絆が育まれている田子浦中学校。この地域の風土だからこそできたこともきっとあると思います。子どもたちにとって、居場所を見出せるようにするには、学校だけではなく、地域一体となって、その地域の子どもたちに相応しい空間を一緒に作り上げていくことが大切であると取材を通して感じました。
今の私にもできることは、「今日は元気かなぁ?どうかな?」と思いながら地域の子どもたちに挨拶をすること。そんなところから学校と関われればと思いました。
「いじめ・不登校・暴力行為・・・教育現場の課題と向き合う(前編) – 安心して過ごせる学び舎を目指して -」は、こちらをご覧ください。
▶https://fmc.pref.shizuoka.jp/article_post/4643/
―――↓問い合わせ――――――――――――――――――――――――――
県広聴広報課 ☎ 054(221)2231 FAX054(221)4032