フカボリ

自然と共に生きる、静岡水わさびを育むわさび田の魅力

2026年10月23日

皆さんは、わさびがどのような環境で育っているか知っていますか?わさび田には、わさびだけでなく、さまざまな生き物が暮らしています。
今回私は、県内の水わさび産地の中でも高い評価を受けている御殿場市のわさび生産者を訪れ、わさび田や栽培についてお話を伺いました。さらに、わさび田ならではの生き物の姿があり、わさび田の環境を作り上げていたことが分かりました。

わさびはどのような環境で育つのか。そして、わさび田にはどのような生き物が暮らしているのか。実際にわさび田で見つけた生き物や生産者のお話、生物多様性調査を通して、わさび田の知られざる魅力に迫ります。

目次

1.静岡県の水わさびについて 
2.水わさび生産者・勝又さんへのインタビュー
3.生物多様性調査について
4.まとめ

1.静岡県の水わさびについて

静岡県は、日本を代表するわさびの産地です。特に「水わさび」と呼ばれる沢わさび(根茎部分)の生産量は全国の約6割を占め、栽培面積と生産量は日本一です。

県内では伊豆地域をはじめ、静岡地域や北駿地域など、年間を通じて豊富な湧水に恵まれたさまざまな地域で水わさびが栽培されています。こうした静岡県の水わさび栽培は「静岡水わさびの伝統栽培」として、2017年に日本農業遺産に、2018年に世界農業遺産に認定されています。世界農業遺産は、伝統的な農林水産業だけでなく、それに密接に関わってできた文化、景観、生物多様性などが一体となった、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域であり、国際連合食糧農業機関(FAO)にが認定するものです。

静岡県の水わさび栽培では、畳石式たたみいししきわさび田などの伝統的な栽培方法を継承していることや、湧き水を利用して農薬をほとんど使わない農法で栽培することにより、さまざまな生き物が生息する場になっている点などが世界から評価されました。畳石式とは、水わさびの栽培方法の一つで、わさび田の下層から上層に向けて、大中小の石を順番に積み重ねる栽培方法です。表層部分に砂を敷くことで、湧水が流れる際に不純物を取り除いたり、栄養や酸素を均等にわさびに送ったりすることができます。このように静岡県の水わさび栽培は、地域の自然環境と結び付いていることが大きな特徴です。また、わさび田は、水わさびを育てる農地であるとともに、きれいな水が流れる自然豊かな環境でもあります。そして、わさび田には、水わさびだけでなく、水生昆虫や陸上昆虫などさまざまな生き物が生息しています。

▲畳石式わさび田の図(提供:静岡わさび農業遺産推進協議会)

2.水わさび生産者・勝又さんへのインタビュー

今回の取材では、御殿場市で水わさびを生産する勝又(かつまた)孝道(たかみち)さんにお話を伺いました。勝又さんは「真(ま)妻(づま)」という種類のわさびを栽培しています。真妻は、湧水を掛け流して栽培する水わさびの一種で、水わさびの中では最も高級な品種です。

真妻を育てるために使用する水は、わさび田の近くで湧き出している水を利用します。湧水がある場所は木々に囲まれ、ほとんどの時間で日陰となるため、涼しく感じられました。湧水は、富士山に降った雨雪が伏流水となり麓で湧水となったもので、年間を通して水温や水量は一定です。極めてきれいな水質であるため、そのまま飲むこともできます。

▲湧水の湧口

勝又さんは、真妻をメリクロン苗で栽培しています。メリクロン苗とは、優良なわさびの株から生長(せいちょう)点(てん)(※1)を取り出して、無菌状態で培養して増やした苗のことです。勝又さんがこの方法で真妻を栽培している理由は二つあります。一つ目は親となるわさびの優れた味、形、色などが受け継がれるためです。二つ目はメリクロン苗には苗自体が有する病原菌が無く、わさび田の中に病原菌が増えることを防ぐためです。

さらに勝又さんは育て方にも工夫されており、肥料や水量を調節しながら、わさびの生育に適した環境を保っています。特に夏場は生育が悪くなることを防いでいるそうです。

また、勝又さんによると、水わさびは部位によって辛さが変わるそうです。茎に近いほど辛みが少なくなり、反対に茎から遠ざかるほど辛みが強くなるそうです。取材では、勝又さんが育てた真妻のわさびをすり下ろしてくださり私も試食したところ、市販のわさびチューブとは異なる味わいがありました。最初はわさびならではのツーンとした辛さが多少あるものの、辛みが引くのが速いため、わさびの辛さが苦手な人でもおいしく食べられると思います!

(※1)植物の根や茎の先端にあって、細胞分裂を活発に行い、新しい組織や器官をつくるもとになる部分

▲勝又さんのわさび田

3.生物多様性調査について

わさび田は水の流れが緩やかなため、生物が長い期間生息できる場所となっています。そこで、静岡県では農業遺産認定の地域のわさび田を中心に、生物多様性調査(水生昆虫類、陸上昆虫類)を行っています。調査は夏と冬に行われ、過去に実施した御殿場市のわさび田での調査では、夏と冬合わせて101種の水生昆虫類が発見されました。調査はわさび田とその周辺の生物相やその特徴を把握し、わさび田の価値を再認識するとともにわさび田の保全に活用するため実施されています。何度も同じ地域を調べることで、調査地域ごとの特有の生物を見つけ、さらに見つけた生物の特徴を調べることで、見つけた地域の環境の特徴を見出すことも調査目的一つです。今回取材した御殿場市のわさび田は、近くに山があり、わさび田には水が流れていることから、山で暮らす生物や水中で暮らす生物など、元々、別の場所で暮らす生物がわさび田に集まりやすい環境となっているそうです。

ここからは、取材をした日に、実際にわさび田で確認された生物をいくつか紹介します。

-オニヤンマ

日本に生息しているトンボの中で最も大きい種類で、小川や里山の水辺などにも生息しています。わさび田に生息する害虫を捕食する役割を持っています。

▲オニヤンマ(提供:静岡わさび農業遺産推進協議会)

-スジグロシロチョウ

モンシロチョウと似ていますが、羽に黒い筋が入っています。樹林や野原にも生息し、わさびの花に訪れて受粉を助けてくれる益虫です。一方で、幼虫はわさびの葉を食べてしまうため、害虫の一面もあります。

▲スジグロシロチョウ(提供:静岡わさび農業遺産推進協議会)

-ナガオカモノアラガイ

陸産貝類の一種で、水際の湿った環境に生息しています。しかし、そのような環境が減少するにつれ、個体数が急激に減少していることから、静岡県レッドリストにおいては準絶滅危惧種となっています。

▲ナガオカモノアラガイ(提供:静岡わさび農業遺産推進協議会)

-ガガンボ

成虫は足が長く羽を持ち、触角が短いのも特徴です。幼虫は湿った土や水中で生活し、わさび生産者のお話ではわさびの根や茎を食べることがあるそうです。

紹介した生物以外にも、わさび田にはさまざまな種類の生物が生息していました。このように、多様な生物が暮らす環境が保たれていることは、世界農業遺産、日本農業遺産を維持する上で、大切な条件の一つとなっています。

4.まとめ

今回の取材で、静岡県の水わさびは周りの自然環境とも深く関わりながら栽培されていることを学びました。また伝統的な栽培方法により、農薬をほとんど使わないため、わさびだけでなく多くの生物が暮らせる環境が作られています。生物多様性調査でも多くの生物が発見されたことから、わさび田は生物にとっても大切な場所になっていることが分かりました。

水わさびは水や地形、生物などの自然環境や、生産者の方々の工夫や努力によって支えられているものであると実感しました。また、静岡県のわさび田を守ることは、地域の自然環境やわさび田に暮らすさまざまな生物を守ることにもつながると感じました。

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・「世界農業遺産・日本農業遺産 静岡水わさびの伝統栽培」、静岡県公式ホームページ

https://shizuoka-wasabi.jp

・「『静岡水わさびの伝統栽培』世界農業遺産に認定」、JA静岡市

https://ja-shizuokashi.or.jp/archives/4778

・「世界農業遺産とは」、農林水産省

https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/giahs_1_1.html

・「真妻わさびについて」、イリヤマナカ

https://iriyamanaka.com/maduma-wasabi.html

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